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2022年。今年1年を振り返る。

2022年もいよいよ今日で終わり。1年の締めくくりと言うことで今年を振り返ってみようと思う。

今年は我が家的には何かと濃い1年だった。

夫は比較的淡々としていたけれど、娘と私は激動だった。夫が通常営業で淡々と構えてくれていた事は私にとってありがたい事だった。

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パートを転職した

私にとって今年1番の出来事は約3年働いた放課後等デイサービスを辞めて医療型児童発達支援センターに転職したこと。

転職したおかけで゛時給も待遇も爆上がりした。勤務日数が増えたので社会保険等を差っ引いても手取りはガッツリ増えた。

「この年でお給料が上がるなんて最高なのでは?」って話だけれど、残念ながら最高とは言い難い。

…保育士業界…闇が深過ぎる!

私。結婚後は専業主婦をしていた時期もあるけれど、就労できる年齢になってからの事をトータルして考えると働いていた期間はかなり長い。

自分で言うのもなんだけど私は本質的には豆腐メンタルで人間関係を構築するのは苦手なタイプ。だけど幸いにも今までの職場は人間関係的な意味では苦労したことがなかった。

結婚するまで働いていたCADの仕事は技術系の職場だった。技術職の人って多少人格が歪んでいても仕事ができれば無問題…みたいな考え方がある。そもそも女性の少ない職場で働いていたので、なんとなく大切にしてくれる空気があったし「同性同士は仲良くようね」みたいなノリがあった。

ところが今の職場はそうじゃない。

ヤバイわぁ~女性の多い職場は面倒臭いわ~そりゃあ保育士増えないわ~。

豆腐メンタルの私も年を重ねて厚かましくなったので、それなりに受け流しているものの、20代の私なら確実に心を病んで辞めていたと思う。なんと言うのかな。私自身が嫌なことされたり言われたりする事はないんだけど、ギスギスしてるところを見てるだけでもシンドイ…的な。

人間関係以外にも色々ある。

「午前9時から午後3時までの勤務」って事での契約だけど、残業が多くて午後3時に退勤できない日がやたら多いし、体力的にもハードでキツイ。しかもピアノの練習をさぜるを得ない事になってしまって、毎日暇を見つけてはキーボードに向かっている。

……とは言うものの、新年度も更新するつもりでいる。しょせん非常勤なので新年度に正規の職員が確保出来るのならお役御免となる訳だけど、そうなったらなったで別の職場を探すつもり。

ウォーキングについて

コロナ禍の暇つぶしに…と夫婦ではじめたウォーキングは今年も順調。

最初の頃は1万歩、歩けたら凄い…みたいなノリだったけれど、今では2万歩、3万歩程度なら平気で歩くことができるようになっている。

ウォーキングと言っても娘の塾の予定に合わせて「午前中だけ」とか「午後だけ」みたいな形でしか出来ない日の方が多く、お弁当持ちで模試がある…みたいな日でなければ午前午後を通しての長距離ウォーキングは出来なかった。

夫とは「娘の受験が落ち着いたら徒歩旅行に行こう」と計画している。

いずれ行くであろう徒歩旅行のために「どんな風にすれば疲れを最小限に出来るのか?」ってことについて試行錯誤中。

受験生との日々

2022年は娘の高校受験に関することに全力を尽くしていた。

模試、学校見学会、塾の懇談、中学校の懇談、遅い時間の塾の迎えに塾弁当。毎日、塾(馬渕教室)のことを考えていたと言っても過言ではない。

夕食の時間変更に塾弁当の有無など、娘の予定に合わせた食事の段取りに手一杯だった。

それに加えてメンタルの上がり下がりが大きい娘のサポートは正直ストレスが大きくて「もう勘弁してくれぇぇ」って日々が続いていたけれど、受験する高校が確定したことで娘のメンタルが安定し、最近ではかなり落ち着いている。

娘は「成績が届くなら北野高校を受験したい」と言い続けていたけれど、残念ながら北野高校を受験するレベルには成績が届かず、天王寺高校を受験することになった。私立併願校は四天王寺高校と帝塚山高校に决定。

高校受験が一段落するのは来年3月。ここまでくれば「悔いのないようにやってちょうだい」くらいの事しか言えない。

泣いても笑ってもあと少し。

どちらにして3年後は大学受験で似たような状況に直面せざるを得ないのだろうけど、とりあえず目先の目標に向かって3月まで走り抜きたい。

母達のこと

実母と義母は今年も大病をすることなく平和に過ごしてくれてホッとしている。

実母はデイサービスを利用するようになってから精神的に安定して明るくなったし、毎日楽しそうで何よりだ。体調的には年齢相応のあれこれを抱えているものの、実母の家系の女達は長生きなので実母も長生きするんじゃないかと勝手に思っている。

義母については昨年に引き続き、認知症的な意味でかなり怪しい。

昨年は「会話のキャッチボールが難しくなってきている」と書いているけれど、今年は気持ちの波が大きくて「近所の子どもを怒鳴りつけてやった」みたいな事を言うようになっている。

ご近所のお子さんを怒鳴った件については夫と2人で菓子折り持参で謝罪に行き、義母の状況を説明して「今後、何かあればご連絡ください」と電話番号を渡してきた。

その後、不思議と義母の怒りの波は収まっていてここ半年以上は穏やかに過ごしてくれている。だけど何かのスイッチが入った時に突拍子もない行動に出る可能性はあるので油断大敵。

そして義母は認知症の件もそうだけど足腰もかなり危なっかしくて、いつまで1人で暮らしていけるのかは微妙な状況。

義母は家族で過ごした家で1人暮らしを続けることを望んでいるので、出来る限り義母の希望を叶えてあげたいとは思うのだけど、どうなっていくのかは誰にも分からない。

今年で50歳になった

そう言えば。今年、私は50歳になったのだった。

「人生50年」と言われた時代からすると、いつ死んでも不思議ではない年齢になったのだと思うと感慨深いものがある。

孔子様のように「五十にして天命を知る」みたいな気持ちにはなれないものの、年齢を重ねることで「人の役に立つ人間でいたい」と言う気持ちが強くなったと感じる。

もしかしたら…だけど本能的に「役に立たない人間になりつつある」って感じるようになったから「人の役に立つ人間でいたい」と思うのかも知れない。

そしてもう1つ。「いつ死んでも不思議じゃないんだから好きなように…悔いのないように生きよう」と思うようになった。家族もいるので本当に好き勝手できる訳じゃないけれど、自分のできる範囲で自分が「やりたい」と思うことをやっていきたい。

何だかんだと今年も色々あったけれど、家族元気で無事に年末を迎えることが出来たて良かった。

今年も1年間おつきあい戴きありがとうございました。良いお年をお迎えください。

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