読んだ本の『50音別作家一覧』はこちらから>>

映画『ナチス第三の男』感想。

記事内に広告が含まれています。

『ナチス第三の男』は2019年に公開されたフランス・イギリス・ベルギー合作の伝記映画。ナチス親衛隊No.2ラインハルト・ハイドリヒを描いたローラン・ビネの『HHhH プラハ、1942年』が原作。

『HHhH プラハ、1942年』は2014年の本屋大賞翻訳部門で1位を取っている。

「ヒトラーやヒムラーではなく、どうして彼が暗殺されたのか?」みたいな煽り文句に惹かれて、TUTAYAで借りて視聴した。

巷の評価は良さそうだけど、私は正直イマイチだった。ディスり気味の感想になるので、否定的な意見が苦手な方はご遠慮ください。

スポンサーリンク

ナチス第三の男

ナチス第三の男
HHhH
監督 セドリック・ヒメネス(フランス語版)
脚本 デヴィッド・ファー(英語版)
オードリー・ディワン
セドリック・ヒメネス
原作 ローラン・ビネ
HHhH プラハ、1942年(英語版)
製作 ベンジャミン・ドローイン
アライン・ゴールドマン
サイモン・イストレイネン
出演者 ジェイソン・クラーク
ロザムンド・パイク
ジャック・オコンネル
ジャック・レイナー
ミア・ワシコウスカ
音楽 ギヨーム・ルッセル
撮影 ローレント・タンジー
公開 フランスの旗 2017年6月7日
日本の旗 2019年1月25日

あらすじ

1929年。キールの海軍基地で通信将校として勤務していたラインハルト・ハイドリヒはバイオリンを弾き、フェンシングを好む青年だった。

ハインドリヒは社交場で貴族階級の娘と出会い恋に堕ちる。

ハインドリヒは婚約を決意してリナの両親の家を訪れるが、汽車の中でリナはハイドリヒにナチ党の党員証を見せる。

ところが、ハイドリヒは1年半つきあって肉体関係のあった女から婚約不履行で訴えられる。軍法会議にかけられたハイドリヒは不名誉除隊となる。

リナと結婚したハイドリヒは、リナの父の紹介でナチ党親衛隊の指導者ハインリヒ・ヒムラーの屋敷に行き彼の面接を受ける。

ヒムラーはハイドリヒの2か月というナチ党員歴の浅さを気にするも、ハインドリヒの明晰な頭脳を買って、諜報部門の立ち上げを任せる。

ハイドリヒはスパイ網を張り巡らせて政敵である共産主義者を摘発し抹殺していく。ナチ党内部の汚れ仕事で頭角を現してヒムラーの信頼を得、ついには、ナチ党内で大勢力を誇るが党内で邪魔になってきた、レーム率いる突撃隊の粛清を担当する。

ハイドリヒの家に招かれたヒムラーはリナに、ヒトラーがハイドリヒを「鉄の心臓をもつ男」と呼んでいることを話す。

第二次世界大戦が始まる。ハイドリヒは親衛隊の特別行動隊を組織して占領地の反ドイツ勢力を根絶やしにし、保護領であるチェコスロバキアの副総督に就任する。

1941年9月にプラハに赴任したハイドリヒはプラハをユダヤ人のいない町にすることを宣言してユダヤ人に出頭を命じる一方、兵器工場の労働者の待遇改善を約束するという硬軟取り混ぜた手法で権力をふるう。

一方、反対勢力であるヤン・クビシュ、ヨゼフ・ガブチークはパラシュートでチェコの雪原に降下し、レジスタンス活動を開始した。

しかしも彼らの潜入はハイドリヒもお見通しだった。

ヤンとヨゼフはプラハの協力者の家に住み、ハイドリヒの行動について調査をする。ヤンは彼に部屋を提供している家の娘、アンナ・ノヴァークと恋に落ちる

ロンドンからの指令により、ハイドリヒ暗殺計画の実行が決まる。

運命の1942年5月27日の朝、ハイドリヒと運転手を乗せた自動車が徐行しているところにヨゼフ達が暗殺を結構。ハインドリヒは負傷により倒れる。

病院に運ばれたハイドリヒは妻のリナに「子供たちをよいアーリア人、よいドイツ人に育てるよう」に言った後、リナと、駆けつけたヒムラーに見守られつつ、作曲家だった父親の書いたオペラを思い出しながら息をひきとる。

教会に隠れていた暗殺部隊はハイドリヒの死を祝うが、ナチ党はチェコ人に容赦ない報復を始める。

戦争は嫌だけど戦争映画は好き❤

私。なんだかんだ言って戦争映画は大好きだけど、戦争が好き…って訳じゃない。

ガチガチの文化系でストイックに頑張るとか無理だし、人殺しも無理。さらに言うなら「国のため」みたいな愛国心も低い。

なのに戦争映画は好き。

  • 武器とか軍服とか素直にカッコイイ
  • 極限に置かれた人間の心理に興味を持っている

……って感じ。

「戦争映画とか戦争物が好きなんですね」と言うと、ヤバい人のように思われがちだけど、文学だったり映像作品として好きなだけで、思想に反映している訳ではない…ってことを今さらながらに前置き&言い訳しておきたい。

ゲーム感覚なのかも

ナチス・ドイツ第三の男と言われたラインハルト・ハイドリヒは要するに諜報系の汚れ仕事を引き受けた存在。私達日本人が大人になるまでに何度となく説教されてきた「人の嫌がることを進んでやりましょう」を誤解して大きくなった感じ。

ただし、この作品の中で注目したいのはハインドリヒは最初から切れっ切れの人ではなかった…ってことだ。音楽とフェンシングを愛していて、女性関係でドシを踏んでしまう駄目っ子動物。

なのにリナ(妻)と出会い、ヒトラーに触れてしまったことで目覚めてしまったみたい。

親衛隊に入ってからのハインドリヒの活躍は凄まじいものがあった。もちろん、これは人道的にアウトな路線。

……でも私。ちょっと分かる気がしてましまったのだ。ハインドリヒは真面目であるがゆえに「頑張ったら頑張っただけ成果が出て認められる」ってシステムにハマっちゃったんじゃないかな?

現代なら他にいくらでも情熱を注ぎ込めることがあったと思う。手軽なことろこだと課金ゲームでも良いし、それ以外のことでも。だけどあの時代はそうじゃなかった。

ハインドリヒの生き様を見ていると「凄い天才」って言うよりも、むしろ「ボタンを掛け違ってしまっただけの普通の人」って印象が強くて、そこが怖かったし上手いと思った。

構成が残念過ぎる…と言うかクソ

『ナチス第三の男』は原作ありきの作品なので、仕方がなかった…と言えばそうなのかも知れないけれど、構成が残念過ぎた…と言うか、控えめに言ってクソだった。

前半は題名通り「第三の男」であるハインドリヒに焦点を当てているものの、後半から唐突にチェコスロバキアの反政府組織の話に突入する。ハインドリヒを暗殺してからの話も長くて「この映画の主人公って誰なんですかね?」みたいな゜気持ちになってしまった。

もちろん最初から「チェコスロバキアのレジスタンス組織がナチス高官を暗殺したドラマである」て前提で観ていたら、そう思わなかったと思うのだけど、題名も煽り文句も「ナチス・ドイツで活躍した第三の男のドラマ」って感じだったので、途中からポーカーンとしてしまった。

レジスタンスの話をガッツリ入れたいのなら最初から入れておくべきだし、題名も『ナチス第三の男』ではなく、もっと相応しいものがあったと思う。

「だってチェコスロバキアで本当にあった事なんたから仕方ないじゃん?」って言われてしまえばそうなのだけど、観せ方ってものがあると思うのだ。

唐突に突っ込んできたレジスタンスの物語は掘り下げが浅くて共感が出来なかったし、やってる事自体は尊いのかも知れないけど、その頑張りは伝わらなかった。

色々と素晴らしい要素があったのに構成がクソ。そんな風にしか思えない残念な映画だった。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
映画
スポンサーリンク
白い木蓮の花の下で