是枝裕和の『怪物』が猛烈に良かったので私の中の是枝裕和熱が盛り上がり、『誰も知らない』に続いて未視聴だった『ベイビー・ブローカー』も視聴してみた。
『ベイビー・ブローカー』は2022年に公開された韓国映画。主演のソン・ガンホは第75回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞している。ちなみに是枝裕和は『ベイビー・ブローカー』を計画した際、最初からソン・ガンホを念頭に置いていたとのこと。
ソン・ガンホは『パラサイト 半地下の家族』や『タクシードライバー』にも出演していて、韓国の国民的俳優とのこと。イケメン枠ではないものの演技派枠って感じらしい。
ベイビー・ブローカー
ベイビー・ブローカー | |
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브로커 | |
監督 | 是枝裕和 |
脚本 | 是枝裕和 |
製作 | ユージン・リー |
出演者 | ソン・ガンホ カン・ドンウォン ペ・ドゥナ イ・ジウン イ・ジュヨン |
音楽 | チョン・ジェイル |
公開 | 韓国 2022年6月8日
日本 2022年6月24日 |
あらすじ
釜山でクリーニング店を営むサンヒョンは教会の養護施設に勤めるドンスと、ドンスの勤務先にある赤ちゃんポストに預けられる乳児を密かに横流しして、子どもを望む夫婦に斡旋する闇の人身売買に手を染めていた。
そして警察の女性青少年課員のスジンは後輩のイとともに、乳児斡旋疑惑のある教会を見張って現場で摘発することを狙っていた。
ある雨の夜。教会の赤ちゃんポストの前に若い女性が乳児を置いて立ち去る。車上で張り込んでいたスジンは、その乳児を赤ちゃんポストに預けた。乳児には名前と「いつか必ず迎えに来る」とだけ書かれたメモが付けられていた。
ドンスとサンヒョンはこの乳児を横流しするため、サンヒョンが自分のワゴン車に乗せて自宅に連れ帰り、スジンはワゴン車を尾行する。
ところが、サンヒョンとドンスの予想外に乳児の母・ソヨンが教会にわが子(ウソン)を探しに現れた。
ドンスはソヨンをサンヒョンの自宅に連れて行く。二人に不信感を抱くソヨンだったが、乳児を斡旋して謝礼を得る話を知ると、その現場に同行することになる。
ウソンを含めた4人はサンヒョンのワゴン車で取引先の盈徳に向かう。しかし、相手がウソンを値踏みした言葉にソヨンは激高し、取引は不成立となる。
次にサンヒョンが向かったのはドンスの育った養護施設だった。4人は家族を装って滞在し、次の斡旋話を待つ。在籍する子どもからは兄貴分として慕われるドンスだが、自分の身の上には屈折した感情を抱いていた。
ドンスとソヨンは「捨て子」と「捨て子の斡旋」のどちらが悪質かで口論となる。ドンスがその場を去った後、サンヒョンは、捨てられたドンスにも「迎えに来る」という母のメモがあったが果たされなかったことをソヨンに告げる。
スジンは斡旋現場を押さえるために、囮の夫婦を依頼者に仕立てる。
しかし、不妊治療法の質問にうまく答えられなかったことで、ドンスとサンヒョンは夫婦を偽の依頼者と見破ってしまう。ワゴン車にはドンスの後輩の男児・ヘジンが紛れ込んでいた。ヘジンは4人の素性と目的を知っていたため送り返せず、同行することになる。5人は次の斡旋が来るまで蔚珍のモーテルで共同生活を送り、5人はいつしか家族のような絆を深めていった。
その頃、警察では釜山で起きたヤクザ殺人の容疑者がソヨンだという話が流れていた。
このヤクザは既婚者で、その妻からソヨンはウソンを渡せという電話を受けていた。スジンとイは直接ソヨンと接触し、殺人の話を出して協力を求め、ソヨンはこれに応じて盗聴マイクや車のGPSを仕込む。一方、ウソンが発熱するとサンヒョンとドンスは医者に連れて行った。幸い風邪という診断でウソンはほどなく元気になる。
そうこうしているうちにサンヒョンの元に、ソウルに住む夫婦からの斡旋依頼が届く。
ソヨンはサンヒョンとドンスに、売春相手でウソンの父に当たる男を殺し、殺人犯の子にしたくなかったためにウソンを捨てたことを告白した。一方、サンヒョンの知り合いのヤクザ(殺された男の関係者)が、ウソンを連れ戻すために周囲に現れ…
赤ちゃん保ポスト的なアレ
『ベイビー・ブローカー』のスタート地点は日本でも慈恵病院が開設した「こうのとりのゆりかご」のような赤ちゃんポストからスタートする。
望まぬ妊娠により子どもを捨てる女性がいる」という問題は韓国も日本と変わらないらしい。さらに言うなら韓国の公的な養子縁組システムの隙間を縫って違法な形で子どもの養子縁組が行われている…と言う設定。これもまた日本でも同じような問題が事件になったりしている。
「なるほどですね。社会派映画が大好きな是枝裕和って感じですね」と思ったのだけど、実際はいつもの是枝映画とは様子が違っていて韓国テイストな雰囲気ムンムンだった。『パラサイト 半地下の家族』もそうだったけれど、韓国映画ってシリアスなテーマでもコメディ要素を突っ込んでくることが多く『ベイビー・ブローカー』もコメディ要素が強かった。
ロードムービーとして
『ベイビー・ブローカー』は子どもの人権や家族のあり方を考えさせてくれる映画であると同時にロードムービーとしても注目したい。映し出される映像は日本ではないけれど「なんか知ってるような…見たことのあるような風景」が多く、韓国は日本の隣にあって似たような気候風土なのだと実感させられた。
5人の人間が1台の車で旅をする。しかも他人同士。なんだかんだ言いながら密閉空間で過ごしていれば情のようなものが湧いてくるというものだ。
『万引き家族』では疑似家族が描かれていたけれど『ベイビー・ブローカー』も同じく疑似家族のような集団が形成され、絆を深めていく。
生まれてきてくれてありがとう
『ベイビー・ブローカー』は社会への問題提起云々もあるけれど、途中で複数回登場する「生まれてきてくれてありがとう」と言うセリフに尽きる。
5人の疑似家族のメンバーは誰もが親とか家族の愛情に恵まれていない。人間が人格を形成していく中で親や家族から受ける愛情は必須だと言われている。ここ数年間は「自己肯定感」なんて言葉が広く知られるようになっているけれど、赤ん坊と共に旅をする面々は全員自己肯定感が低い。
「親から捨てられた」と思っている人間が他者から「生まれてきてくれてありがとう」と言われる場面はグッとくる物がある。この世にいる全ての人間が愛し、愛され、必要とされる世界が理想なんだよなぁ…などと、改めて思った。
「いらないなら頂戴」と思う人達
『ベイビー・ブローカー』の中では「捨てるなら産むなよ」と言うセリフが登場する。そして登場人物の1人(疑似家族5人組を追う女性刑事)は子どもを産むことが出来ない。
これは韓国に限った話ではなく、世の中には「子どもが欲しいのに子どもに恵まれない夫婦」が一定数存在する。『ベイビー・ブローカー』で子どもを買おうとしている人達も「不妊治療中の夫婦」だったり「何らかの事情で子どもを産むことができない夫婦」だ。
子殺しや子どもの虐待のニュースを観た時に「いらないなら欲しい。うちで育てる。くれるなら本気で欲しい」と思った事のある人はけっこう多いと思う。
世界は平等じゃない。人間のクズとしか思えない夫婦のもとに子どもがワンサカ産まれたりもするし、子どもを熱望する夫婦に子どもが産まれなかったりする。
『ベイビー・ブローカー』はそんな不平等な世界を上手いこと表現した作品だと思う。
個人的に『ベイビー・ブローカー』は是枝裕和が家族をテーマにした作品である『そして父なる』や『万引き家族』ほど面白かったとは思えないのだけど、是枝裕和が描きたい事は理解できた。
月並みな感想ではあるけれど、私達大人が率先して「生まれてきてくれてありがとう」と言い合えるような優しい世界を作っていかなきゃいけないよな…と思った。