中山可穂、久しぶりの新刊。読みたくてたまらなかったくせに、読むのが怖くて、読むのをずっと躊躇っていたのだけれど、やっと読むことが出来た。
『隅田川』『定家』『蝉丸』の短編3作。今回は私の中にある作者への期待度が低かったせいか「面白かった」と満足出来た。
悲歌(エレジー)
先生、あなたはなんという呪いをかけられたのですか?あなたの大切な者すべてを三角形の綴じ糸でほどけぬように縫い付けて、それぞれの愛を禁じるおそろしい呪いをかけたのは、一体何のためですか?
―音楽家の忘れ形見と愛弟子の報われぬ恋「蝉丸」。隅田川心中した少女とその父の後日譚「隅田川」。変死した作家の凄絶な愛の姿「定家」。
能に材を採り、狂おしく痛切な愛のかたちを浮かび上がらせる、中山可穂版・現代能楽集。
アマゾンより引用
感想
『隅田川』『定家』については「いつもの中山可穂」以上の物は無かったと思う。
新しい切り口は何もない。良く言えば「偉大なるマンネリ」。悪しざまに言うなら「作者の自己満足作品」ってところだろうか。
中山可穂が好きなタイプのキャラクターを賛美しているだけで、物語の深さは感じられなかった。
私が愛してやまない作家、吉屋信子も似たようなところがあるけれど、吉屋信子は作品を大量生産するだけのスタミナがあり、かつ似たような作品を大量に生産しつつ、違ったタイプの作品を書くことが出来た作家さんだった。
吉屋信子に較べると中山可穂はあまりにも虚弱だ。そこが残念。ものすごく待たされて「また、このパターンか」というガッカリ感は毎度感じさせられてしまう。
しかし『蝉丸』については、今までとは少しタイプの違う作品だった。
精神愛…とでも言うのだろうか。今まで描かれてきた恋愛とは違うタイプの恋愛小説だった。プラトニックだったけれど、だからこそかえって濃厚だった。
もしかしたら中山可穂は性愛を含んだドロドロした愛よりも、むしろプラトニックな愛……精神的な繋がりを描く方が得意なのかもしれない。
今にして思えば『感情教育』や『猫背の王子』のヒロイン達も、愛情に対して飢餓とも言えるような執着を持っていて、そこが大きなテーマになっていた。
なのに、作品を重ねる毎に「性愛を伴う恋愛」が重くなっていて、私個人としては「面白いんだけど、なんだかなぁ」と思うことが多かった。
そして『蝉丸』はラストで安易にハッピーエンドを持ってこなかったところが気に入った。
今までの作品は「おいおい。ここまで酷いことしておいて、そんな都合のいい展開はアリなの?」と思うことが多々あったのだけど、今回は敢えて付き放した終わり方をしていて、読後にやり切れない感が残るものの、心に響く作品になった。
『弱法師』以降の作品は図書館で借りて、自分で買わないまま終わってしまっていたのだけれど、今回の作品は手元に置いておきたいと思う。
今回は短編集だったけれど、次は是非とも長編を読ませてもらいたい。
なんだかんだ言って、中山可穂は私にとって「新刊が楽しみな特別な作家」なのだと言うことを改めて思い知らされた1冊だった。