なかなか読み応えのある作品だった。
実の母親の介護(介護と言っても家に引き取って…というレベルではないが)と、自らの離婚問題に立ち向かう女の物語。
母娘の確執を丹念に描くことで主人公の人となりと母親の生き様が浮かび上がらせていて、1つ1つのエピソードが大変面白く、一気読み出来るタイプ作品だった。
母の遺産-新聞小説
家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。
若い女と同棲している夫がいて、その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?
親の介護、姉妹の確執…離婚を迷う女は一人旅へ。『本格小説』『日本語が亡びるとき』の著者が、自身の体験を交えて描く待望の最新長篇。
アマゾンより引用
感想
特に主人公が母親の晩年に向きあっていくくだりは素晴らしい。
親の死に目を看取った事のある人間なら多少は共感出来るのではないだろうか。
私は亡父の晩年を思い出してならなかった。私もこの作品の主人公と同じく、父が早く死んでくるる事を切実に願っていたので「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」と言う叫びは痛いほど分かった。
医学の進歩と共に人間の死は難しくなったように思う。なかなか簡単には死なせてくれないし、医学によって生かされるがゆえに当事者達の苦悩も深くなっていく。
同性の親と子の確執というのは永遠のテーマなのだなぁ…と思う。
多くの人が描いてきたネタではあるけれど、永遠のテーマなだけあって、キットリと描かれた作品は読むだけの価値があると思う。
面白い作品ではあったのだけど、主人公が好きになれなかったのは残念だった。
主人公は大きな問題に直面して、それに立ち向かっていくのだけれど、いかんせん一般論から言うと「恵まれた人間」としか言えない環境に生きている。
仕事も社会的地位もあり、お金もある。人間ってのは非常に勝手な生き物であるがゆえに自分より遥かに恵まれた人間から「介護辛い」とか「夫が浮気して…」なんて愚痴を聞かされても、イマイチ本気で心配出来ないのだ。
「まぁ…でも、お金あるんだし、どうにでもなるんじゃない?」と思わせてしまっているあたりが残念だと思った。
だが、この作品の残念なところはこれだけではない。この作品はに「愛」が足りないのだ。
主人公の母親が奔放で我が儘な人間であるのは物語上必要だとしても、主人公自身も決して心の温かい人間ではないのだ。
残念ながら、この作品に出てくる人間達はどの人も心が冷えている。誰もが身勝手に生きていて情愛が薄い。なので大作であるにも関わらず読後に染み入るような余韻が残らない。
物語が面白かっただけに、そこは非常に残念に思った。
しかし、一気読みさせてくれるだけの吸引力は流石だと思う。大作であるには間違いない1冊だけど、個人的には好きになれない作品だった。