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満月の夜、モビイ・ディックが 片山恭一 小学館

今回もまた題名に惹かれて手に取ってしまった。

最近「題名」に惹かれることが多い。書店や図書館へ行っても心くすぐられる長い題名が多いような気がするのだが、あれは最近の傾向なのだろうか?

私のように目先のことばかり見ている人間は「ちょっと長めで凝った題名」の魔力に取りつかれやすいような気がする。

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満月の夜、モビイ・ディックが

モーツァルトとバス釣りと家庭崩壊―。

地方の大学生・鯉沼のそんな日常は、同級生・香澄との出会いで一変する。それまでとは異なる色と輝きに包まれた世界。

しかし、香澄との距離感をなかなかうまくつかむことができない。ある日鯉沼は、絵描きの友人・タケルの運転する水色のフォルクスワーゲンに乗って香澄と旅に出ることにするが…。

アマゾンより引用

感想

男子大学生を主人公にした「青春物」というノリの物語だった。

主人公はブラックバス釣りと、モーツアルトが好きな、嫌な感じのヤツである。嫌な感じというよりも、むしろ「鼻持ちならないヤツ」と言うべきだろうか。

私自身、クラッシック音楽が好きだったりするのだが「こんなヤツがいるからクラッシックファンは鼻持ちならんと思われるんだよ」などと思ってしまうような「嫌な感じのクラッシック好き」だった。

そして彼はクラッシックに限らず、一時が万事屁理屈ばかりで読んでいて、ウンザリしたのだが、なぜか憎めない感じがした。

鼻持ちならない嫌なヤツなのに、憎めないのは、共感できる部分があったからだと思う。

主人公以外の登場人物も、それぞれに歪みを抱えていて魅力的だった。

どことなく生きる力が薄いというか、精力的に生きていないようなのだが、かえって現実味が感じられて、身近にいる人間のように思えたのだ。

小説の登場人物は「やっぱり小説に出てくる人間って違うよなぁ」と思うような、とかく濃ゆいキャラクターが多いので、ちょっとめずらしいように思った。

ものすごく悪い人が1人もいなくて、どこか普通っぽい人々だと感じた。

けっこう面白く読んだのだが、読後に残った印象は薄い。

たくさん書かれていた「屁理屈」っぽい理論も1つも心に残らせなかった。私は、どちらかと言うと「屁理屈」好きなのだけれど。大切な「なにか」が欠けているような気がした。

しかし私には、なにが欠けているのか、イマイチ分からなかった。

それなりに引き込まれて読んだのに、数年もすれば題名しか覚えていないような気がする。そこが残念といえば、残念だが、これもまた作品の味なのかも知れない。

まだ完成しきれていない作品なのかも知れないなぁ……と思った1冊だった。

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白い木蓮の花の下で
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