読んだ本の『50音別作家一覧』はこちらから>>

身分帳 佐木隆三 講談社文庫

記事内に広告が含まれています。

題名になっている『身分帳』とは罪を犯して服役していた人がこれまでの入所態度や経歴、行動、家族関係など詳細に記載している書類のこと。

佐木隆三『身分帳』は一時期絶版になっていたのだけれど、映画監督の西川美和が役所広司主演の『すばらしき世界』で映画化したこともあって、改めて見直されている。私もその流れど乗ったクチ。

2022年度に読んだ本の中で5指に入るほどの面白さだった。

スポンサーリンク

身分帳

ザックリとこんな内容
  • 物語は主人公の山川一が13年の契機を終えて旭川刑務所から出所したところから物語がはじまる。
  • 山川一は少年のころヤクザの世界に入りホステスをしていた妻のトラブルなどから犯した殺人によって服役することになるが実のところ山川は人生の大半を刑務所の中で過ごしていた。
  • 東京の弁護士に身元引受人になってもらった山川は生活保護を受けてアパートでの一人暮らしを始める。
  • 社会に馴染んで真人間になろうと懸命に努力する山川だったが…。

感想

私はヤンキーもヤクザも大嫌い。実際に起こった犯罪のニュースを見聞きすると「刑罰が軽過ぎる。フザケンナ」と思っちゃうタイプの人間だけど『身分帳』を読んで「私は犯罪者側の視点なんて考えた事がなかったけど、彼らも私と同じ人間なんだな…」ってことを実感した。

『身分帳』の主人公は以前読んだ『ケーキの切れない非行少年たち』で書かれたいた事に通じる部分が多々あった。

『身分帳』の主人公、山川一が生まれたのは第二次世界大戦が終わった混乱していた頃なので戦争孤児も多く、今の日本と同じように語ることはできないけれど、それでも時代を越えて通じる部分があるように思う。

人間と言う生き物は「ちゃんとした大人」が責任を持って育てないと、上手く育たないことが多い。

児童養護施設(昔で言うところの孤児院)で育って立派になった人もおられるので「上手く育たないことが多い」と言う表現に留めるけれど「良い環境で育つ」とか「家族からの愛情を感じる」等、一般的な人達が「まあまあ普通」くらいに思っている育てられ方をしていないと、どこか不安定に育ちがち。

主人公は私生児として生まれ、戸籍を持たず(後に戸籍を作っているが)児童養護施設で育っている。「日本人なら当たり前だと思っている常識」の感覚が無いままおとなになっているため、成人してからも普通の人達からすると、あり得ないような考え方を持っていたりする。

「犯罪=悪いこと」ではあるものの、山川が犯罪者になってしまった経緯については同情を禁じえない。山川の犯した罪自体は許されることはではないけれど「この人が普通の家庭で育っていたら、こんな事にはならなかったのでは?」と考えずにはいられなかった。

『身分帳』を読んだことで「凶悪犯罪に走る人って分かりやすい悪人だったら良いのだけれど、実はそんな話ではないのかも…」って気持ちなった。

主人公の山川は一般人の感覚で見ると確かにクズであり得ないような行動をする。だけど彼の視点を知ると「悪いヤツ」とは思えないし、むしろ「良いヤツ」と思ってしまう。実際、山川は情に厚くて可愛いところもある。

「じゃあ山川みたいな人がいたら結婚する?友達としてアリ?」と聞かれたら「遠慮したい」としか言えない。直情的ですぐに暴れる。暴力をなんとも思っていないような人と親しくなりたいとは思えない。

でも世の中は「捨てる神あれば拾う神あり」ではないけれど、山川を支援する人も少なくなかった…ってところは素敵だった。

こういう類の小説の場合「世間は刑務所帰りの人間に冷たい…」みたいな感じでまとまりそうな物だけど、山川を支えてくれる人達も確かにいた。もちろんその支えは完璧ではなかったし、山川を支え切れたとは言い難いのだけど、それでも心温るエピソードも多くて「私にはとてもできない。なんて立派な人なんだろう」と感心してしまった。

『身分帳』は楽しい小説ではないし、読んでスカッとするタイプの物語ではないけれど世間を映す鏡」として文学として優れた作品だと思う。映画監督の西川美和が作品に惚れ込んで映画化したそうだけど、最近の小説には無い稀有な作品だと思う。

役所広司主演で映画化されているようなので映画版も追々、観てみたい。

谷崎潤一郎の他の作品の感想も読んでみる

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました