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娘のマイブームを全力で推していく人生。

先日、地元のショッピングセンターで夫と買い物をしている時に、ふと女児向けのアーケードゲームに目が止まった。

ファミリー層が利用する場所には大抵低年齢児向けのアーケードゲームが設置されている。娘も幼児期は『プリティーリズム』『プリパラ』『アイカツ』などにガチハマりしていた。

夫と2人で「いやぁ~。懐かしいねぇ」と言いながら当時のことを思い出していたけれど、当時は「たかが幼児の遊び」に夫婦一丸となって取り組んでいた。

グッズ集めもそうだけど、大会やイベントがあれば家族揃って電車に乗って遠出したなぁ…とかとか。

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娘のマイブームの変遷

思えば…私達夫婦は娘が生まれてからと言うもの、娘のマイブームを全力で推してきた気がする。

成長と共に娘のマイブームは変わっていったけれど、私と夫は常に全力で娘のマイブームに付き合ってきた。

もちろん、それは娘が一人っ子だから出来たことだ…って自覚はあるし、複数の子がいたらとても出来なかったと思う。

ワンワン&『おかあさんといっしょ』大好き期

娘にとって初めての推しは『いないないばぁ』のワンワンだった。

当時はNHKファミリークラブに入会して、イベントに応募しまくった。生のワンワンには2回会っているし『おかあさんといっしょ』のキャラクターイベントにも参加した。

言葉が遅くて会話のままならない娘が生ワンワンを見た瞬間、立ち上がって「ワンワン!!!」と大興奮した日のことを私は一生忘れない。

この時期の総決算は『おかあさんといっしょファミリーコンサート』だった。

親戚中の電話番号を総動員(当時は電話申し込みだった)するもチケットが購入出来ず、ヤフオクでチケットを買ったのはほろ苦い思い出。それはそれとして『おかあさんといっしょファミリーコンサート』は最&高だった。

今でもNHKの幼児番組関係者には足を向けて眠れないくらいに思っている。

お相撲さん推し期

一般的なお子様はNHKの幼児番組にハマると同時に『アンパンマン』を嗜むものなのだけど、娘は不思議とアンパンマンにはピクリとも反応しなかった。

そんな娘がハマったのが大相撲。

何故か「お相撲さん」を愛していて、相撲中継を熱心に見入っていた。

「娘がそんなに相撲が好きなら1度見せてやりたいなぁ」と夫と相談してみたものの、マス席を買える財力はないし、かと言って遠い席で見せたところで幼児には難しい。

夫と協議した結果「春場所のある大阪体育館に連れて行こう」って事になり、幼児だった娘とともに「お相撲さん」の入待ちをした。娘が狂喜したのは言うまでもない。

「お相撲さぁぁぁ~ん」と力士に駆け寄る娘の姿を見て「連れてきて良かった」と思ったものだ。ちなみにお相撲さん達はカタコトで駆け寄る娘に優しく接してくれた。あの時、娘に優しくしてくれたお相撲さん達には感謝している。

「よく分からないけれど、娘がこのまま相撲女子として生きていくなら母はトコトン付き合うよ」と覚悟を決めたものの、娘のお相撲さん推し期は一瞬で過ぎ去ってしまった。

娘が取り憑かれていたお相撲さんへの熱狂は何だったのか?

いまだ謎は謎のままだ。

プリキュア大好き期

お相撲さんにハマった娘、ほどなくして多くの女児がハマりがちな『プリキュア』にハマった。

春秋の映画は当然観に行ったし、ショッピングセンター等で開催されるプリキュアショーにも足を運んだ。

「プリキュアの衣装を着放題&プリキュアアトラクション開催」みたいな室内イベントにも参加した。

当然ながらマクドナルドのハッピーセットは全力でコンプリート。中年の夫がお昼ごはんにハッピーセットを食べていたのは懐かしい思い出。

ちなみに。プリキュア関連の幼児イベントでの経験は、現在の私の仕事(放課後等デイサービスの保育士)の役立っている。

  • 子どもはキラキラが大好き。
  • 子どもはすぐ飽きるけど参加型イベントなら集中力が持続する。
  • みんなで声出すとそれだけで楽しくなる。

……などなど。あの時の経験は日々の勤務に生かされている。幼児イベントの幼児吸引力はマジで神。

外遊びしか勝たん期

「外遊びしか勝たん期」は他のマイブームと平行して長く続いた。

とにかく休日は外遊び。

大きな緑地公園は大抵コンプリートしたし、自動車や電車移動では体力を持て余すので、普通のご家庭なら自動車で移動するような距離を「あえて」自転車で出掛けたりした。

色々な場所に遊びに出掛けたけれど、結局娘が喜んだのは山へのハイキングとアスレチックだった。

おかげで家族全員365日、真っ黒に日焼けしていた。

この時に得た我が家的なルールは「外気温が10度を切ったら外でお弁当を食べてはならぬ」ってこと。逆に言うと外気温が10度を越えていたら、ちょっと寒くてもヘーキヘーキ…ってこと。

この時期は週末ごとにお弁当を作っていた。懐かしいけど、もう2度としたくない。

女児向けアーケードゲーム期

娘が女児向けアーケードゲーム現役の頃は『プリティーリズム』『プリパラ』『アイカツ』の1期あたりが流行っていた。

こちらもハッピーセットのグッズ集めは当然のように本気で取り組んだし、ゲーム大会やイベントにも参加した。

プリティーリズム』の「めがねぇ」に握手してもらったのは良い思い出。

この時期の女児アーケードゲームは「アイカツおじさん」なんて言葉も生まれるほど盛り上がっていたとは言うものの、リアル女児で娘ほど女児アーケードゲームを堪能し尽くした子は珍しいのではないかと思う。

女児向けのコンテンツはとかく「大きなお友だち」が注目されがちだけど、女児向けコンテンツの主役はやはり女児だと思っている。

そんな女児アーケードゲーム期の1番の思い出はゲーム筐体と連動したアニメ『プリティーリズム』の主題歌を歌っていたプリズミーのダンス教室に参加したこと。

「プリズミーと一緒に踊ろう」みたいな企画に応募したら見事当選。娘は妙に引きが強いところがある。

エイベックスのスタジオに行って、プリズミーの指導で女児達が楽しい時間を過ごす…みたいな企画で、プリズミーのお嬢さん達は女児に優しくて可愛くて素敵だった。

公式You Tube動画を貼らせてもらったけど、間近で見たプリズミーはホントあのまんまの可愛らしさだった。

『ちゃお』大好き期

小学生になった娘は少女漫画を嗜むようになった。当時は小学生の恋愛を描いた漫画『12歳』が流行っていて、娘も普通にガチハマりした。

ちゃおフェスタ』には2回ほど足を運んだし、サイン会にも参加した。

当時、漫画家さんから戴いたサインは今でも娘の宝物として大切にされている。

母は基本的にガチオタなので、娘の『ちゃお』大好き期は付き合っていても楽しかった。娘のマイブーム変遷の中では「女児向けアーケードゲーム期」と並んで楽しい時期だった。

しかし娘の「ちゃお大好き期」は長くは続かず、アッサリと通り過ぎてしまった。

ヲタクは永遠に漫画から卒業できないけれど、そうじゃない人間は成長と共に漫画から卒業していくんだ…ってことを身に沁みて実感した。

キャンプ命期

娘は1人っ子。その上、従兄弟達とは年が離れ過ぎていたため、学校以外での同世代の子どもとの付き合いがほとんどなく、そんな時にハマったのが「子どもだけで参加するキャンプ」だった。

海キャンプ、山キャンプ、冬山スキーキャンプ防災キャンプ英語キャンプ…と、学校の長期休みになるとキャンプに参加していた。

陰キャでインドア派の私が娘の欲求に100%答えるのはキツ過ぎだったので、キャンプの存在は超ありがたかった。

実のところ「1人でキャンプに行かせるのも悪くないけど、いまは家族旅行とかに行くべき時期なのでは?」と言う迷いは常にあった。子が成長してくると家族旅行なんて行けなくなる…ってことが分かっていただけに。

だけど中学生になった娘が当時を振り返る時、1人でキャンプに行った経験は彼女にとって相当上位にくる「楽しかったこと」の思い出のようなので、娘にとってはアリだったのかな…とは思っている。

体操ガチ勢期

自宅ポスティングされていた体操教室の新規オープンのチラシを見て、体操を習いはじめた。

最初は「バク転とか出来たら友達に自慢出来るね」くらいのノリだったのに、娘が予想以上に体操に入れ込んでしまい、週5で体操教室に通うことになる。

体操マットも買ったし、ミニトランポリンも買ったし、ロイター板(跳び箱とかに使う踏み切り板)も買った。毎日が体操に染まっていたと言っても過言ではなかった。当時の私は筋肉のことばかり考えていて、冷蔵庫には娘の筋肉に良い食べ物が常備されていた。

そうこうしているうちに週5だけの教室では飽き足らず、強化練習や合宿などにも参加。レオタードを着て大会に出たりもした。

「ちょっと待って…中学でも本気で体操続けるなら私立に入らないと無理じゃね?」ってことで、女子体操部のある私立中学への進学も視野に入れていたのだけれど、娘は体操を辞めることになった。

体操と言う競技…特に女子の場合は遅くても小学校入学までに体操を初めていないと選手コースには参入できなかったのだ。

どんなに本気で体操を続けていても「お稽古ごと」の粋を出られないと知った娘は「頑張っても報われないなら他のことする」と体操を辞めた。

親子して無念ではあったものの、突き詰めて言えば娘には体操の才能がなかったのだと思う。

才能ってのは運や環境、すべてをひっくるめて成り立つのだ。親子して大きな挫折ではあったけれど、今にして思えば良い経験だった。

実験マニア期

体操ガチ勢期とかぶるのだけど、実験教室に通いまくった時期がある。

娘は小さい頃からリアリストの理系人間で科学だの実験だのに興味を持っていたので、大学等で開催される「子ども実験教室」的な講座に通いまくった。

大阪府立大学、大阪市立大学、大阪教育大学などでは子ども向けの実験教室を開催していたし、科学館や企業などの実験イベントや講座などもあった。

親としては「遊びの一貫」くらいに思っていたけれど、この時期の経験は中学生になってから意外と役に立っている気がする。

ちなみに。中学生になった娘いわく「色々な実験教室に連れて行ってもらったけど、大阪府立大学のサイダー作る実験と、DAIKIN工業のエアコンの分解が楽しかった」とのこと。

現在、日本では子どもの理科離れをどうにかすべく、大学も企業も実験教室やイベントをちょいちょい開催しているので「理科が好き」「実験が好き」ってお子さんは是非連れて行ってあげて欲しい。

どれも参加費無料(もしくは低額の材料費程度)で経済的な負担はかからない。参加するのに必要なのは親の情報収集力とガッツだけだ。

馬渕教室ガチ勢期

体操を辞めた娘は「とりあえず塾でも行ってみるかな」くらいの軽い気持ちで自宅の最寄り駅にある塾に通いはじめた。

体操バカ一代…っみたいな毎日を送っていた娘は意外と勉強が出来たようで、いつしか通っていた塾が物足りなくなってきた。そんなある日、娘が「馬渕教室の公開テストを受けてみたい」と言い出した。

馬渕教室…ってのは大阪ではイケイケの進学塾。

「じゃあ試しに受けてみる?」ってことで公開テストを受けてみたところ、あれよあれよと入塾する流れに。そして馬渕教室内でのクラスが上がり、現在に至る。

体操バカ一代だった娘がまさか塾ガチ勢になって電車で塾に通うことになるとは思ってもいなかった。

スタンスはずっと変わらない

現在娘は「塾ガチ勢」として頑張っている訳だけど、娘を見ていて私の中では常に「いくら本人がやりたいと言ったからって、そこまでやらせ必要があるの?」って迷いが付きまとっていた。

「もうちょっと楽に生きてもいいんじゃないの?」とか「中学生のいま本当にやるべきことは勉強なの?」とかとか。

だけど、よくよく考えてみたら我が家のスタンスはずっと変わっていなかった。

娘がお相撲さん好きと知ればお相撲さんに会いに行く。娘がアーケードゲームにハマったとなれば、全力でそれに付き合う。体操ガチ勢の時は体操が思い切りできる環境を作る。

娘のマイブームのほとんどは私にとって困惑するような物が多かったけれど、それでも私も夫も娘のマイブームを推し続けてきた。

いま、娘は自分の決めた目標に向かって走っているのだから、それを推していくしかない。来年はもっと大変になることが予想されるけれど、ブレずることなく娘を推し続けていきたい。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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