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平場の月 朝倉かすみ 光文社

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大人のための恋愛小説だった。

いきなりネタバレするけれど、この作品は恋愛小説の王道「好きな女が死ぬ話」だ。

ネタバレ宣言をせずにネタバレするのには理由がある。『平場の月』は彼女が死んだ事を明かした上で過去を振り返る形で進んでいくので、読者はネタバレを知った上で物語を追うことになる。

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平場の月 朝倉かすみ

ザックリとこんな話
  • テーマは50代の大人の恋愛。
  • いきなり火葬からスタート。
  • 恋人たちは病院の売店で再開。
  • ドラマチックな若者の恋愛とは一線を画した大人の物語。

最初にも書いたけれど「大人の恋愛小説」として読んで戴きたい。

感想

50代の男女が主人公。

中高年カップルを扱った恋愛小説は珍しくないけれど、これまでの恋愛小説は「ハッとするほど美しい女性」だったり「どこか普通の人とは違う男性」だったり、様するに特別感のある特別に素敵な男と女が恋をする話ばかりだったように思う。

しかし『平場の月』は全く違っている。

主人公カップルは元同級生。

主人公は中学の頃に彼女に告白してふられている。そこからずっと彼女への想いを抱えて生きてきた…と言う訳でもなくて、主人公も彼女も普通に結婚して普通の生活を送るのだけど、色々あって2人とも離婚。地元で再会するところから2人の恋がはじまる。

主人公カップルはお洒落なカフェには行かないし、自慢のパスタを彼女に食べさせたりしないし、お気に入りのワインで乾杯したりもしない。

恋愛小説としては村上春樹の逆を行く展開。

ユニクロを身にまとい、安い居酒屋で外食し、外食も厳しいからとスーパーの惣菜を買ってアパートで一緒に食べるような付き合いをしている。

しかも恋愛と言っても「再会した瞬間から彼女が特別だって事がわかった」みたいなノリではなくて、付き合いをしていく中で互いが互いを意識するようになっていく。

普通のおじさんとおばさんが恋愛する話ってことだ。だが、それが良い。

作品は9章で構成されているのだけれど、1章ごとに題名がついていて、それは全て彼女(須藤)の言葉になっている。

  • 夢みたいなことをね。ちょっと
  • ちょうどよくしあわせなんだ
  • 話しておきたい相手として、青砥はもってこいだ

言葉の扱いがとても上手い。

特に「ちょうどよくしあわせなんだ」にはグッっときてしまった。「ちょうどよいしあわせ」って、なんか分かる。中高年の心を揺さぶるのが上手い。

「恋愛小説で相手が死ぬ」と言うと、一般的には美しいイメージの病気が多い。

例えば『世界の中心で、愛をさけぶ』は白血病だったし、『君の膵臓をたべたい』にいたっては美しいイメージの病気どころか、謎のご都合主義的創作病である。

しかし、この作品の死因は美しくもなんともなくて「ガン」なのだ。しかもヒロインの須藤は大腸ガンの手術をして人工肛門(ストーマ)を付けることになる。

大腸ガンとかストーマとか、中高年になるとよく聞く話だけど、恋愛小説に突っ込んで来るとは恐れ入った。

凄いよ朝倉かすみ。ありがとう朝倉かすみ。よくぞここまで中高年のための小説を書いてくれたものだ。

とりあえず、ヒロインが死んじゃう系の恋愛小説なので「号泣必至です」と言いたいところなのだけど、実のところ泣かせる系でもないし、号泣出来るかと言うとそんな風ではないのだ。じんわり悲しいと言うか、じわ~っと切ない感じ。

主人公カップルは全くもってパッっとしない50代の男女なのだけど、恋をして互いを思いやる気持ちは本物で、そこが染みる。

悲恋と言えばそうなのだけど「出会えて良かったね。恋をして良かったね」と心からそう思った。

主人公カップルがどんな風に付き合っていくのか、どんな風に心を通わせていくのかについては作品を読んで確かめて戴きたい。

久しぶりにグッっとくる恋愛小説を読ませてもらった。

朝倉かすみ『平場の月』は2019年の三島由紀夫賞を受賞。推し作家が受賞するのは本当に嬉しい。

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