恋愛小説の短編集で、ものすごく良くもないが悪くもないといった佳作。だが、作者の書く恋愛小説は読んでいて「しっくりくる」感じがして好きだ。
恋愛小説で、胸に迫る作品というのは恋人達が「ラテン人」のように激しい恋情に身を任せている場合が多いので感動はするけれど、恋愛において淡白質な人間にとっては、どこか遠い世界の物語のように思えてしまうのだ。
ぬくもり
なかなかシャッターを切らない男。ファインダー越しに彼女の胸が柔らかく隆起するのが見てとれた。男が一歩進み出ると女の頬から笑みが消える。
互いの過去に拘泥しながらも、深い関係に落ちていく中年男女を描いた「命日の恋」、別れた恋人の娘との不思議な道行き「天からの贈り物」等、大人の恋を活写した五篇。
アマゾンより引用
感想
親掛かりで暮らしていた学生の頃なら、いざ知らず、いったん社会に出てしまうと「生活者」になってしまう訳で「頭の中が恋愛でいっぱい」というテンションを保ちつづけることは至難の技だ。
「今夜の夕食のメニューは何にしよう?」とか「あっ。銀行にお金振り込まなきゃ、今日は家賃が落ちる日だった」とか「しまったなぁ。こんな事なら昨日のうちに報告書作っとけば良かった」とか。
とかく日常の、よしなしこと忙殺される羽目になる。恋愛中だって「やらねばならぬ」ことがある……大人は辛い。
だからって誰かを好きになる気持ちに、嘘、偽りは無い訳で、学生時代の恋愛の形とは、どんどん違ってきているが、それでも、当時の気持ちと、なんら劣ることはないのである。
大人の恋愛と、子供(若い人)の恋愛は、その辺のところが決定的に違う。
どちらが正しいとか、正しくないとか、そういう問題ではなくて……だ。
藤田宜永の恋愛小説は、そのあたりの匙加減が絶妙に良いのである。
愛している気持ちに嘘はないけど、でも、破滅するほど暴走もせず、だからって、けっして遊びでやってる訳ぢゃなくて……ってタイプの作品が多い。
『ぬくもり』に関していうならば、ちょっと筋書きが、読め読めだなぁ~と思える作品も混じっていたけれど恋愛に対して淡白な大人が読むには丁度良い感じの短編集だった。
渡辺淳一系の作品が好きな方には、ちょっと物足りないかも知れないけれど。「こういう恋愛もアリ」に一票!などと、共感してしまうような作品だった。