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映画『奇跡のひと マリーとマルグリット』感想。

「奇跡の人」と言えば一般的にはヘレン・ケラーなのだけど、この映画はヘレン・ケラーよりも少し昔に生きた三重苦の少女と少女を導いた修道女の物語。

美しく素晴らしい作品だった。

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奇跡のひと マリーとマルグリット

奇跡のひと マリーとマルグリット
Marie Heurtin
監督ジャン=ピエール・アメリス
脚本ジャン=ピエール・アメリス

フィリップ・ブラスバン

製作ソフィー・ルビル
デニ・カロ
出演者イザベル・カレ
アリアーナ・リボアール
ブリジット・カティヨン
ジル・トレトン
ロール・デュティユル
音楽ソニア・ビーダー=アセルトン
ザックリとこんな内容
  • ラルネイ聖母学院に目が見えず、耳も不自由な少女マリーがやってきた。
  • まりーは生まれて以来14年間、しつけも教育も一切受けずまるで野生動物のような少女。
  • 修道女マルグリットは、自ら彼女の教育係となりマリーへの教育が始まった。
  • マリーはマルグリットの献身により、いつしか学ぶことの喜びを知り、成長していく。

感想

ヘレン・ケラーは高熱が原因で途中から三重苦になったのだけど、この作品の主人公のマリーは生まれながらの三重苦。

しかもヘレン・ケラーのように富豪の家に産まれたのではなく貧しい農家に生を受ける。マリーは両親に愛されて育っていたものの、意思疎通が出来ないため、野獣のように育っていた。

しかし両親の手にはおえなくなってきたため、修道院が運営する聾唖学校に彼女を預けることになる。

聾唖学校では一度マリーの入学を断るのだけど、マリーニ心惹かれたマルグリット修道女の希望によりマリーは聾唖学校に入学。

そこでマリーとマルグリット二人三脚の生活がスタートする。

2人の苦闘はヘレン・ケラーのイメージそまままだと言って良いと思う。何しろお互いの気持を交わす事が出来ないのだから、どこまで行っても分かり合えないのだ、

しかしマルグリットはある時「マリーに必要なのは手話を教えることではなく、愛情と信頼だ」と言うことに気付く。

マルグリットは献身的にマリーの世話を続けることでマリーの信頼を得るようになり、マリーは手話を覚えることになる。マリーもヘレン・ケラーと同じく元々、頭の良い娘だったらしくコミュニケーションの手段を得てからは、みるみるうちに手話を覚えて成長していく。

順風満帆に見えたマリーとマルグリットなのだけど、2人には哀しい運命が待ち受けていた。

今回はネタバレしたくないので、クライマックスへの流れは割愛するけれど、お涙頂戴ではない素晴らしいラストが待っている。

映画としても面白かったのだけど「教育」とか「福祉」について考えさせられる作品だった。

ヘレン・ケラーにしても、この作品のマリーにしても私達は彼女達の成長っぷりに感動する訳だけど、彼女達の成長はサリバン先生だったりマルグリットの献身あってこそのものだ。

サリバン先生もマルグリットも独身女性。(サリバン先生は途中結婚しているけれど離婚している)1人の女性が人生の全てを捧げたからこそなし得た事だ。

私はこの世の中で人間の世話が1番大変な仕事だと思っている。

もちろん、その分の喜びだの得るものの大きさも理解しているけれど、この映画は過去のものであって欲しいと願わずにはいられない。

「凄いね~」「いい映画だね~」ってところで終わっちゃいけない。

この類の仕事が誰かの善意とかボランティアで成り立っているうちは成熟した世の中とは言えないと思う。マルグリットのような人が社会的評価を受け、それ相応の収入を得る世の中であって欲しい。感動で飯は喰えない。

……などと言う、いささか面倒臭い個人的な感想はさておき、地味ながらも素晴らしい映画なので是非オススメしたい。

マリーとマルグリットの絆。

そして、与えるだけだったマルグリットがそれまで尽くしてきたマリーから得たも物の大きさ等を是非、味わって戴きたい。

「奇跡の人」なんて言う二番煎じなキャッチフレーズが付いているけれど、この作品とヘレン・ケラーの物語は似ているようでいて全く違う。

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白い木蓮の花の下で
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