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正欲 朝井リョウ 新潮社

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朝井リョウと言うと『桐島、部活やめるってよ』でヒットして以降『何様』『何者』と、世の中の流れに沿った作品をコンスタントに話題作を繰り出している印象が強い。

今回の『正欲』も評判が良さげだったので「じゃあ読んでみるか…」と読んでみた。

読後に知ったのだけど稲垣吾郎と新垣結衣で映画化が決定しているとのことだけど、ゴメン…この作品、イマイチ好きじゃない。

今回の感想はネタバレ込みなのでネタバレNGの方はご遠慮ください。

また根本的にディスっていく感じの感想になるので朝井リョウが好きな人も『正欲』が好きで「他の人の感想も読んでみたい」みたいな感じでたどり着いてくださった方は先に謝っておきます。

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正欲

ザックリとこんな感じの作品
  • 検事として検察庁に勤務する啓喜は登校拒否の小学生の子どもがいた。夏月は地元のモールにある寝具店で働き、八重子は学園祭の実行委員を務める大学生。
  • パッと見では何の関わりもなさそうに思える啓喜、夏月、八重子の運命はある1つの事件によって細い糸で繋がっていく。
  • 彼らがつながったキッカケは啓喜の息子の泰希が同じように登校拒否をしている友人とYouTubeで動画配信を始めた事だった。

感想

今回はいきなりネタバレしていくけれど、題名の『正欲』は性欲って言葉に準ずる物になっている。「男女間のセックスに興奮しない特殊性癖を持った人」がテーマになっていてる。

「男女間のセックスに興奮しない人」と書くと「はいはい。同性愛とかLGBTとか、そんな感じですよね?」と早合点しがちだけど『正欲』はもっとマイノリティな感じ。主人公格とされる登場人物の1人は「水の動き」に興奮する性癖を持った人だった。

性癖…って突き詰めていくと奥深い。

例えば…だけど、SMや小児性愛、獣姦や屍姦、なんて物だけでなく「風船に興奮する」とか「密閉されるることに興奮する」みたいな物まであって「みんな違ってみんないいよね」としか言えない。

そう言えば数年前に「布団圧縮袋の中で窒息した死体が発見される」と言う事件があった時「猟奇殺人ではないのか?」と騒がれたなかで、その界隈の人達は「あっ…察し…」となっていたらしい。「布団圧縮袋の中での窒息プレイが失敗しちゃったんだな…」と。

世の中には様々な性癖(フェチ)があって、それは誰にも止められない。

…と。話が脱線してしまったけれど『正欲』の中で問題になったフェチは「水が噴射する情景に性的興奮を感じる人」だった。「特殊性癖と言っても人に迷惑をかける訳じゃないし問題ないのでは?」って話だけど「多数派に所属していないと生き難いんです」ってところがテーマになっていて、それについては上手いなぁ…と思った。

多数派から外れる生き難さ

「多数派に外れると生き難い」って感覚は多くの人が味わっていると思う。「普通」の線引って案外難しい。

性癖のようなものじゃなくても、例えば「既婚者と未婚者」「出産経験の有無」「正規の仕事に就いているかどうか?」「国籍」「痩せているか太っているか」等、多数派とそうでない人を振り分ける作業はそこここに潜んでいる。

だけど「マイノリティの生き難さに悩んでいたところでどうしようもないのでは?」って思ってしまう。そして何よりも「マイノリティだからって世の中を恨んで犯罪を犯して良いって訳じゃないんだぞ!」って事については声を大にして言いたい。

性癖と犯罪

例えば…の話だけど。『羊たちの沈黙』でお馴染みのレクター博士。彼はカニバリズムを愛していて人間を殺して食べてしまう訳だけど法治国家の元で人を殺して食べちゃ駄目だってことは誰でも知っている。

現代日本の場合、残虐な小説を読んだり動画を見て興奮するのは許されるし小児性愛的なイラストを描くのもOK。だけど実際に人を拘束して虐待しちゃうのは駄目だし、児童ポルノ法に引っ掛かる写真を撮影したり所持するのは駄目(児童ポルノについては国によって線引が違うので何とも言い難いところではあるものの日本は比較的規制が緩いように思う)

特殊性癖を持った人が不幸で生き難いからと言って法を犯しても良いと言う理由にはならない。

『正欲』の中の「水に興奮する人」は児童ポルノ法に引掛って逮捕されてしまう。それは「児童ポルノ法に引掛っちゃう物を持っていたから」ってだけの話で本来の目的が児童の裸ではなかったとしても駄目な物は駄目なのだ。

『正欲』の中では「マイノリティに生まれちゃった不幸」みたいなところを全面に出してきたいたけれど「そんなの知ったこっちゃねぇよ」みたいな気持ちになってしまった。

イジメが起こったときに「イジメられる側にも理由がある」って言う加害者と「マイノリティで生き難かったからこんな事になった。世の中の風潮が悪い」と主張する人って、私には同じ穴のムジナにしか思えなかった。

児童ポルノとユーチューブ

『正欲』を読んで感心したのは、特殊性癖を持った人達がユーチューブのコメント欄を利用している…ってエピソード。『正欲』を読んでいない人にはピンとこないと思うので説明を書いておく。

最近はユーチューブも18歳以下の配信者が増えている。「ゆたぽん」ではないけれど、小学生配信者もいる。特殊な性癖を持った人達は彼らのコメント欄にコメントを書き込んで自分の性欲を満足させている…と言うもの。

『正欲』の中では「水風船をぶつけ合って負けた方が罰ゲームとして電気あんまを受ける企画が見たい」とのコメントが書き込まれる。「電気あんま」と言うと小学生男子で経験した人は多いと思うし、特に児童ポルノと結びつくとは思い難いのだけど、小児性愛者にとっては「興奮する材料」になってしまうよね…って話。

世の中には多彩な性癖があり刺激を求めている人がいて、それをユーチューブ…特に年端の行かない子どもに求める人がいるってところは感心してしまった。(現在はユーチューブ側も規制を強めている)

でも、人間って「自分の好きなもの」には惜しみなく情熱を注げるものなので「そりゃ、何だってやるし探究するよね」とも思った。

問題提起だけでオチがない

『正欲』は「多様性の時代」と言う現代日本の風潮をピンポイントで取り入れていて「時代に乗っかった小説」だと思ったけれど、それ以上のものが何もなかった。

  • 生き難さを抱えて生きている人がいるんですよ
  • 誰もが繋がりを求めているんですよ

…なんて事をドヤ顔で言われても、そんなの分かり切った話なのでは?

私は朝井リョウの小説を読むと「上手だけど、なんかいけ好かないのよね」と思ってしまいがちなのだけど『正欲』は特にそれを感じた。朝井リョウは時代に乗っかっていくのが上手けだけど、その先を見せてはくれないのだ。

「こんな事がありました」「世の中にはこんな人がいます」って事実だけを並べてみたところで、それで終わってしまっては新聞記事と変わらない。「その一歩先」を見せたり「一歩奥」に踏み込んでいくのが小説の仕事だと思う。それが出来ていない小説は小説として弱過ぎる。

……と言うことで私の中での『正欲』の評価は大変低いのだけど、朝井リョウはこれからも話題になる作品を送り出すタイプの作家さんだと思う。

そして私はこれからも話題になったら「せっかくだから読んでみるか」みたいな気持ちになってしまいそうだし、そしてまた盛大に文句を言ってしまう予感がする。

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