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映画『ゴッドファーザー』感想。

『ゴッドファーザー』は1972年に公開されたアメリカ映画。アカデミー賞の作品賞・主演男優賞・脚色賞を受賞。不朽の名作として知られている。

ゴッドファーザーというと音楽も有名で昭和・平成の暴走族はゴッドファーザーのテーマを流して街を暴走していた(もしかしたら今もあるかも知れないけれど)

私は映画好きだけどヤンキーが大嫌い…ってこともあって、今まで1度も『ゴッドファーザー』を観たことがなかったのだけど、ふと「観てない…ってのもアレだな」と思い立ち、私が生まれた年に作られた映画を観てみることにした。

『ゴッドファーザー』は古き定番映画…って事なので今回の感想はネタバレに配慮しないので、ネタバレNGの方はご遠慮ください。

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ゴッドファーザー

ゴッドファーザー
The Godfather
監督フランシス・フォード・コッポラ
脚本マリオ・プーゾ
フランシス・フォード・コッポラ
原作マリオ・プーゾ
出演者マーロン・ブランド
アル・パチーノ
ジェームズ・カーン
ロバート・デュヴァル
音楽ニーノ・ロータ
公開アメリカ合衆国の旗 1972年3月15日
日本の旗 1972年7月15日

ざっくりとこんな内容

物語の舞台は第二次世界大戦終戦直後の1945年のニューヨーク。

5大ファミリーの一角で、最大の勢力を誇るイタリア系マフィア「コルレオーネ・ファミリー」の邸宅での娘コニーの結婚式の場面からスタートする。

ドン・コルレオーネには他に3人の息子と1人の事実上の養子がいた。その中で末弟であるマイケルはただ一人裏社会には入らずに大学を経て軍隊に入り、戦場での活躍で英雄扱いを受けていた。マイケルは婚約者のケイを家族に紹介し、祝福される。

その華やかな雰囲気の一方で、ヴィトーは(ドン・コルレオーネ)は娘をレイプされた葬儀屋の男の請願を受け、困惑しながらもその報復を部下に指示したり、自らが代父(名付け親)となった歌手のジョニーからも懇願を受け手を回したりする。

ある日、五大ファミリーのタッタリア・ファミリーの客分で麻薬密売人のソロッツォが、政治家や司法界への太い人脈を持つコルレオーネ・ファミリーに麻薬(ヘロイン)の取引を持ちかけてくる。

麻薬取引を固く禁じるヴィトーは拒絶するが、長男で跡継ぎ(アンダーボス)のソニーは乗り気の姿勢を見せたために、ソロッツォ(及びタッタリア)は邪魔なヴィトーを消せば取引は可能と考える。

ソロッツォはヴィトー襲撃事件を引き起こし、ヴィトーは複数の銃弾を受けて昏睡状態となるも一命を取り留め、思惑が外れてしまう。一方のコルレオーネ・ファミリーではソニーが報復を訴えるが全面抗争を避けるため様子を見ることになる。

しかし結果的にタッタリアの跡継ぎブルーノを殺害し、ここに全面抗争に突入する。

裏社会で生きていくことを決意したマイケルは、ソロッツォとマクラスキーとの会談に応じる振りをして、レストランでの会談の席で二人を射殺。アメリカにいらけなくなったマイケルは婚約者のケイに黙ったまま、組織と縁が深いシチリア島へ高跳びする。

そしてマイケルは裏社会の人間として生きていくことになるのだが…

日本のヤクザとアメリカヤクザ

『ゴッドファーザー』の物語はとにかく長い。(先に書いたあらすじは序盤までで割愛させてもらった)とある「ヤクザ一族の歴史」みたいな話で、次々と事件(抗争)が起こって、理不尽と暴力が襲いかかってくる。

私は予備知識ゼロの状態で『ゴッドファーザー』に挑んだのだけど、日本のヤクザとアメリカのヤクザはやってる事は同じでも組織の成り立ちが別物なんだ…ってことに驚かされた。

  • 日本のヤクザ → 盃を交わす(血の繋がりより義理)
  • ゴッドファーザー的ヤクザ → 一族(絆より血縁関係)

「義理と人情を 秤にかけりゃ 義理が重たい 男の世界~」なんて歌(唐獅子牡丹)があるような日本のヤクザの成り立ちと違って、ゴッドファーザーで登場するイタリアンマフィアの成り立ちは、言葉通りファミリー(家族)が基本になっていた。

ファミリーと言っても色々あって、本当に血の繋がって家族が1番なのはもちろんだけど、親戚縁者や代父(名付け親)なども含まれていて、なんかこぅ…日本の田舎の村社会的なノリ。

村(ファミリー)に属している物には優しいけれど、村(ファミリー)の人間じゃなければ敵認定。村を守るためには、なんだってやる…みたいな。

移民の多いアメリカならではの成り立ちだな~と感心してしまった。イタリアンマフィアはイタリア移民がルーツになっていて、イタリア移民はアメリカの社会では底辺職について苦しい生活を送っている…と言うベースがあるので、そこから自分達の生活を守るべくして生まれたのだろう、

…とは言うものの、しょせんは反社会的勢力なので活動(賭博・売春・麻薬等)としては日本のヤクザと変わらないし、何でも暴力でかいけつしちゃうので「良いか悪いか」ってなると、悪いに決まってる団体…ってことはホントそれ。

インテリヤクザの先駆け?

『ゴッドファーザー』では腕っぷしでのし上がっていく昔のヤクザ映画とは違って、昨今言われる「インテリヤクザ」な雰囲気があるのが面白かった。

ヴィトーの後をついでコルレオーネのドンになった男、マイケルはヴィトーの考えから裏社会ルートではなく、大学に進学して軍に入り徴兵にも応じている。マイケルはコルレオーネファミリーの中では唯一「良きアメリカ人」の体を保っていて、知性派って感じの動きをする。

そもそもマイケルはヴィトーの息子達の中では末っ子なので年功序列で言えばヴィトーの跡継ぎに収まるには違和感があるのだが、ヴィトーは「あえて」マイケルを跡継ぎに据えている。マイケルの人となり(肝が座っている等)もあったとは思うのだけど「これからのヤクザは頭脳も必要」ってところがポイントだったのではないかと思う。

『ゴッドファーザー』は何かと言うと銃をぶっ放して暴力でどうにかしよう…って風潮ではあるけれど、意外とそれは最終手段として考えられていて、マイケルの場合は「とりあえず交渉してみる」みたいな姿勢がある。ただ、それについては父のヴィトーも同様で堅気の人間にいきなり暴力を振るったりはしないので、インテリヤクザへの道のりはヴィトーの頃から始まっていたのかも知れない。

ただしイケメンに限る

映画が大ヒットする条件って色々あるとは思うのだけど、その中の1つに「男女両方から指示される」ってのがある。

私は『ゴッドファーザー』が公開された当時の事は知らないけれど暴力まみれのヤクザ映画がここまで指示されたのは、男達の心を鷲掴みにした…ってところはもちろんだけど、案外女性からも指示されたのではないか推察する。

主人公のマイケルを演じたアル・パチーノ、めちゃくちゃカッコイイ!

1960年~1970年代のハリウッド映画の俳優って、イメケンと言えばイケメンだけどハンサムの定義が今と違っていて、ガタイが良くて男臭くて、何なら顎が割れているタイプの男性が好まれる傾向が強い。

だけどマイケルを演じたときのアル・パチーノはガタイの良い系じゃなくて、完全に王子様系で今のイケメンと風潮と似ているのだ。

『ゴッドファーザー』は暴力に継ぐ暴力…みたいな映画だけれどイケメンパワーで女性にも受け入れやすかったのではないかな~と思ったりする。

「ただしイケメンに限る」って言い回しがあるけれど、イケメンは大抵のことが許されてしまうものだ。

洗礼式と5大ファミリーのボスの暗殺

『ゴッドファーザー』は何だかんだ言ってヤクザがテーマの暴力映画ではあるのだけれど、映像として観たときに実に美しくて魅入ってしまう魅力がある。特に洗礼式と5大ファミリーのボスの暗殺が平行して行われるラストは最高だった。

洗礼式でマイケルは妹、コニーの子どもの名付け親(ゴッドファーザー)となるのだが、その背後ではマイケルの指示により部下たちが5大ファミリーのボスを暗殺する。

荘厳な教会で洗礼式が行われる映像と「いかにもヤクザ」みたいな無骨な男が銃をぶっ放して暗殺を進めていく映像が交互に映し出されるのは最高に美しかった。

そして最後の最後の場面。マイケルは部下たちからの忠誠を得る。男が男の手の甲に口づけする姿はなんともエモい。

ちなみに『ゴッドファーザー』は続編が2つ制作されている。『ゴッドファーザー』の物語自体は「俺たちの戦いはこれからだ」みたいな終わり方をしているとも言えるのだけど、個人的には忠誠の口づけの場面で終わっちゃっても良んいじゃないかと思っている。そう思ってしまうくらい『ゴッドファーザー』は完璧な映画だった。

とりあえず『ゴッドファーザー』の続編は続けてみようと思う。観ました→映画『ゴッドファーザー 最終章 マイケル・コルレオーネの最期』感想。

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白い木蓮の花の下で
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