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映画『ギルバート・グレイプ』感想。

4.5

『ギルバート・グレイプ』は1993年に公開されたアメリカ映画。今ではすっかり大御所感の出てきたジョニー・デップ主演作品。しかも若かりし頃のディカプリオも出ていると言うお宝作品でもある。

私自身にとって『ギルバート・グレイプ』は思い入れの深い作品で、20歳の時にリアルタイムで観た覚えがある。当時、私はジョニー・デップ演じる主人公のギルバート視点で観ていた。

今回、30年近く経った今になって『ギルバート・グレイプ』を観てみたのだけど、当時と同じ気持ちにもなったし、大人目線での感想もあったりして、なかなか良い体験ができた。

30年前の古い映画…ってことで、ネタバレを含む感想になるのでネタバレNGの方はご遠慮ください。

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ギルバート・グレイプ

ギルバート・グレイプ
What’s Eating Gilbert Grape
監督ラッセ・ハルストレム
脚本ピーター・ヘッジズ
出演者ジョニー・デップ
レオナルド・ディカプリオ
ジュリエット・ルイス
音楽アラン・パーカー
ビョルン・イスファルト
公開アメリカ合衆国の旗 1993年12月25日
日本の旗 1994年8月20日

ざっくりとこんな内容

主人公のギルバート(ジョニー・デップ)は、食料品店で働きながら重い知的障害を持つ弟アーニー、夫の自殺から7年間も家から出たことがない肥満で過食症の母ボニー、そして2人の姉妹たちとの生活を支えていた。ギルバートはアイオワ州から1度も外に出たことがなく、ある意味人生を諦めて暮らしていた。

ある時ギルバートが目を離したすきにアーニーが町の給水塔によじ登ってしまい、以前にも同じことがあったため兄が警察から警告を受ける。そんな時ギルバートは、旅の途中でトレーラーが故障し、ギルバートの町にしばらくとどまることになったベッキーと出会う。

ギルバートはある時はベッキーと数時間に渡って様々な会話をしたり、ある時はアーニーと3人で遊ぶなどして交流を深めていく。ベッキーから願い事を聞かれたギルバートは「僕は、いい人になりたい」と本音で語る。

そんな中アーニーが再び給水塔に登って騒動を起こして警察の留置場に入れらてしまう。

息子を助けるために母のボニーは家族と共に7年ぶりに家から出る。無事アーニーを連れて帰ることになったが、太ったボニーの姿を見に留置場前に集まった人々の失笑と共に好奇の目に晒されてしまう。

ボニーは自宅の庭で開かれる誕生日パーティーについて、招待客にも顔を出さず室内で過ごすと伝える。

誕生日パーティーの前夜、ギルバートが買ってきた誕生日ケーキをアーニーが勝手につまみ食いしたため、ギルバートはカッとなってつい弟に手をあげてしまう。

ギルバートは家を飛び出した後ベッキーと会って冷静さを取り戻し、ベッキーに父の死について打ち明け、2人は体を寄せ合い朝を迎える。

誕生日パーティーが行われる中アーニーと和解したギルバートは、1人で2階にいた母にも謝罪するが、むしろ母から自分の至らなさとギルバートに苦労をかけどおしになってしまった事を謝罪される。

その後ギルバートは、この日で町を去るベッキーにたった数日間だけだったが一緒に過ごせたことを感謝し、アーニーと2人で彼女を送り出す。

若き日のジョニー・デップ&ディカプリオ

『ギルバート・グレイプ』で注目したいのは、何と言っても若き日のジョニー・デップ&ディカプリオ。

ジョニー・デップは『パイレーツ・オブ・カリビアン』だの『チャーリーとチョコレート工場の秘密』のおかげで「クレイジーキャラの人」みたいなイメージが強いけれど、若い頃からガチガチの演技派。

『ギルバート・グレイプ』では抑えた陰キャを好演していて、この作品でジョニー・デップのファンになった女性はかなりいると思う。

そして何と言ってもディカプリオ!

ディカプリオは『タイタニック』が大ヒットしたせいで何をやっても「タイタニックの人」みたいな扱いを受けてしまって、『レヴェナント 蘇えりし者』でアカデミー賞を受賞するまで長らく不遇の時期が続いたけれど、若い頃から超演技派だった。

ディカプリオは『ギルバート・グレイプ』では知的障害者の弟、アニーを演じているけれど怖いくらいに上手い。

知的障害者を演じて好評を得たと言うと『レインマン』のダスティン・ホフマンを思い浮かべる人が多いと思うのだけど、ダスティン・ホフマンは中年になってから演じているけれど、ディカプリオは役者経験の浅い若い頃にアニーを演じているところが凄過ぎないか?

初見の時は「えっ? この人って本当に知的障害者で役者さんなの?」と本当にビックリしたものだ。

『ギルバート・グレイプ』でアニーを演じた役者さんが、後に『タイタニック』で大ヒットするとは思わなかった。

アメリカの抱える問題

『ギルバート・グレイプ』の中で物凄い存在感を放っているのが母親のボニー。

ボニーは極度の肥満…って設定。肥満になってしまった原因は夫の自殺によるメンタルの崩壊ではあるのだけど、アメリカにはボニーレベルで肥満している人が多い。

最近は「太っていても美しい」みたいなキャンペーンがあったりするけれと「太っている」と言っても限度もので健康が保てないレベルでは駄目だと思う。実際、ボニーは肥満が原因で『ギルバート・グレイプ』の作品中で死亡している。

ボニーが亡くなった時「クレーン呼ばないと遺体を運び出せないかも」と言う話が出ているけれど「そこまで太るのは流石にどうなの?」って話だ。

結局、ギルバート達兄弟は母親の遺体を人々の好奇の目に晒されることを恐れて「母親の遺体を自宅ごと燃やす」と言う選択をした訳だけど、この結末はあまりにも哀し過ぎる。

映画『スーパーサイズ・ミー』では、ファストフードの弊害を取り上げていたけれど、国民の肥満が社会問題になっていのに太っている人の視線が厳しい…ってところは、なんだか歪なものを感じてしまう。

ヤングケアラーの悲劇

『ギルバート・グレイプ』はざっくり30年前の映画だけど、テーマはなかなかに重くて、現在注目されている社会問題とも合致する。

主人公のギルバートは今の言葉で言うと完全にヤングケアラー。

ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子どもを指す。Wikipediaより

精神を病んで病的に太ってしまった母と知的障害の弟の面倒を観ながら自分の将来を諦めて暮らしているとか可哀相の極みだ。

『ギルバート・グレイプ』を初めて観た時、私は20代だったのだけど、自分をギルバートに重ね、母親のボニーを実母に重ねて見ていた。

私の実母は40代にして主婦業を放棄した残念な人だったし、父親は飲んだくれで私は小学校高学年あたりから、すでにいっぱしの主婦として生活していた。実母は私の5歳年下の弟の中高生時代の弁当なんて1度も作ったことがない。

映画のラストでギルバートは弟のアニーを連れて街を出る。

20代で観た時は「ギルバートは街を出ることができて良かったね」と思ったものだけど、大人になって障害児の施設で働く今は「いやいや。ここは役所に介入しもらって、アニーはしかるべき施設で暮らせるようにするべきだろう」と思う。

ヤングケアラーが家族のために自分の人生を捧げる世界にしちゃ駄目だ。

残念だけど知的障害を持つアニーがあれ以上良い方向に進んでいくことはない。ギルバートは永遠にアニーの世話をし続けなければならない訳で、ラストはハッピーエンド風に見えて本当は地獄のはじまりなのだ。

その辺りのとろこまで切り込めていないのは当時の限界だったのかな…とは思う。その点においては『レインマン』の方が現実的な形での終わり方だった。

若者の成長と青春

ここまで『ギルバート・グレイプ』の社会問題方面からの感想を書いてきたけど、そこまで難しいとこを言わずに「イケメン青年が成長する青春映画」として観るのもアリだと思う。

ギルバートとヒロイン、ベッキーの恋は「旅人と村人の恋」と言う、ある種ド定番を攻めていて実に美しい。そして、ヒロインのベッキーが「外見の美しさだけが人の価値じゃない」ってことを理解している女の子だったのも好感度大。

『ギルバート・グレイプ』は根の暗いテーマの作品だけど、若々しいジョニー・デップとディカプリオを鑑賞するだけでも観る価値はあるんじゃないかな…と思う。

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