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正しい道が正解とは限らない。

ご近所でクラス仲良しのママ友さんのお家の姑さんの認知症がどんどん進んで大変な事になってきた。

最初は「同じ話を何度か聞いた気がする」とか「ゴミ出しの日を間違うようになってる」程度の話だったのだけど、そのうちずっと外でウロウロするようになり、徘徊するようになり、帰り道が分からなくなって警察官と一緒に帰ってくるようになってしまった。

傍から見ていると完全に認知症なのだけど姑さんの夫である舅さんが「妻は認知症じゃない。ちょっと認知症の気があるだけ」と言って症状を認めず「介護の世話にはならない。検査も受ける必要はない」と言って、介護サービスの介入を頑なに拒んでいる。

舅さんと姑さんは本当に仲の良い夫婦で自分のこともできなくなった姑さんの世話は同居している息子夫婦には任せず、認知症の姑さんの夫である舅さんがしている。

嫁である私のママ友は現在、通院しながら癌の治療中。舅さんは「嫁は大変な時なのだから、嫁に迷惑をかける訳にはいかい」と思っているらしい。

ママ友から「舅が無理してるの分かってるから、本当は介護サービスを受けさせた方が良いんだろうけど…」相談を受けて私はこう答えた。

「夫婦の問題だしお舅さんが納得するまで舅さんの好きにさせてあげたら? 介護サービスを利用するのはいつでも出来るよ。お舅さんが音を上げた時にサッと動けるように下調べして準備だけしておけば良いんじゃない?」

するとママ友からは「嬉しい。そんな風にいってくれたのは白蓮さんだけよ。色々人から、説得して介護サービスを受けさせろって言われて、なんだか辛くって…」と言われた。

私が「舅さんの好きにさせてあげたら?」と言ったのは、長いお付き合いの中で舅さんの性格を知っていたから。息子や嫁がどうのこうの言ったところが受け入れてくれるタイプではない。

私も福祉関係の仕事をしているので「介護サービスを受けるべき」って考えが正しいんだってことは理解ている。

だけど人間は理屈だけで生きている訳じゃないので、正しい道が正解だと言い切れないとも思っている。

ママ友家の場合、本当に「イザ」となれば同居している息子夫婦がいるのだから、介護が破綻することは無いだろうと思う。だけど事情を知らない他人から見れば「舅姑をほったらかしにしている」と言う風に見えるかも知れない。

実際、20歳の私だったら「介護サービスを受ければいいのに。どうして、ちゃんと説得しないの?」と言ってしまった気がする。だけど今は「色々あるし杓子定規にはいかないよね」と思えるようになった。

世の中にある出来事の正解を見つけることは難しい。正しい道は1つしかななくても、それが正解とは言い切れないよね…と思う。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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