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大往生する人と苦しんで死ぬ人。

先日、夫の伯母(義母の姉)が他界した。

私は今回亡くなった伯母とは冠婚葬祭の時にしかお会いしたことがない。伯母は和歌山県の山間の田舎に生まれ、地元で嫁ぎ、地元で亡くなった。

105歳まで生きた義母の母は驚くほどパワフルな人で、たくさん子を産み、夫が病気で寝たきりになった後は小さな旅館を立ち上げて子ども達を育て上げた。今でも義母は「私はあんな田舎に住んでいたけれどお金の苦労をしたことがない」と言う。

義母や伯母が若かった頃は高度経済成長期。それそれ恋愛結婚も多くなっていたと思うのだけど、義母の姉妹は全員お見合いで結婚している。義母が言うには「それが当たり前だと思っていた」とのこと。

大阪のベッドタウンで育った私は夫と結婚して、はじめて夫の田舎に行った時「映画に出てきそうな場所だなぁ」と思った。

冠婚葬祭で親族が集まると細田守の『サマーウォーズ』のような雰囲気だし、最寄駅でタクシーに乗ったら、タクシーの運転手さんが「ああ…あんた○○のところの○子の子か」みたいな感じで話し掛けてくるらい閉鎖的なコミュニティだ。

かつて私は「生まれた場所からどこへも行かずに働いて生きて子どもを育てて死ぬ」と言う生き方が理解出来なかった。私はずっと「ここじゃないどこか」へ行きたいと思っている人間だったから、閉鎖的な場所で暮らすなんてゾッとするし、IターンとかUターンで田舎に引っ越すとか遠慮したいと思っている。

だけど、夫の親戚関係の冠婚葬祭に関わるたびに「私は嫌だけど、ずっと同じ場所で生きるのも良いものだな」と思うようになった自分がいる。

今回は時節柄、葬儀は小規模で行い、我が家からは夫だけが通夜に出席したのだけど、夫が言うには良いお葬式だったとのこと。他界した伯母は長女で90歳を越えていて「大往生だねぇ」と和やかだったらしい。

105歳の祖母が亡くなった時のお葬式も、お葬式の哀しさは少なくて和やかな集まりだったので、その時と似た感じだったのかな…と想像する。祖母が亡くった時は参列者に「長寿箸」と書かれた箸が配られて、葬儀なのにどこか暢気な雰囲気が漂っていた。

田舎に住んでいる夫の親戚関係は長生きの人が多い。しかも病みついて…と言うよりも、そこそこ健康で大往生をする人が多い。夫の親族だけたまたまなのかも知れないけれど、死ぬまで畑仕事等の仕事があるからなのかな…と思ったりする。

私の親族はしんどい思いをして死ぬ人が多かったので「長生きなんてしたくない」って思っていたけど、夫の親戚関係を見ていると「長生きも悪くないな」って気持ちになってしまう。

病みついて死ぬ人と、穏やかに大往生する人は何が違うのか?

その違いは生前に「真面目だった」とか「良い人だった」とか「健康に気をつけていた」とか関係ない気がする。世の中は不公平だな…って思う。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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