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蕨野行 村田喜代子 文藝春秋

久し振りに「文学」に触れたような気がする。

最近は本を読んでも「小説だなぁ」と思うことはあっても「文学だなぁ」と思うことは無く、それなりに面白いと感じてもガッツリと心に食い込んでくることが無かった。

しかし、この『蕨野行』は全く逆で「文学だなぁ」と感じ、ある意味において面白くは無かったのだが、ガッツリと心に食い込んできた。

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蕨野行

押伏村には、六十歳を越えると蕨野という丘へ棄てられる掟がある。だが、死を待つ老人たちは悲惨で滑稽な集団生活を送りながらも、生への意志を逞しくしていく。

死してなお魂は生き永らえるのか?棄てられた姑と嫁の心の対話を通して、人間の「生」の本質に鋭く迫る、平成日本によみがえる衝撃の棄老伝説。

アマゾンより引用

感想

「姥捨山」の昔話や『楢山節考』のような話だと思ってもらって良いと思う。

「役に立たなくなった老人を捨てる」という風習が描かれていて、捨てられた姑と、姑を慕う嫁が交互に語りあう形で物語はすすんでいく。

テーマがテーマなだけに、やたらと重苦しい。

そして読んでいてもちっとも面白くはない。その上、方言だの昔風の言い回しだのが多くてやたらと読みにくい。ここのところ、読みやすい文章ばかり読んでいたので修行のような読書だった。

しかし、これがなかなか面白かった。

この作品で老人が捨てられる現況は「貧しさ」にあり物語の中で、貧しさは様々な形でもって描かれていく。子殺し、人肉食、養っていけない嫁を捨てる話…等、読んでいて陰鬱な気持ちになるエピソードが山盛りだった。

しかも、作者が女性だからか、それとも語り手が女性2人だからか「女性の悲哀」に満ちていて、私は同じ女性として読みながら心が苦しくてならなかった。

ネタばれ恐縮だが、死にゆく姑が嫁のお腹へと帰っていく物語の締めくくり方は非常に女性らしい観念だと思った。

日本人的輪廻転生感と言えばそうかも知れないのだけど、宗教的な意味合いよりも、もっとドロドロした感覚で描かれていような気がした。

本のページを繰りながら、ふと今の日本の状況を思ったりした。

どうも世界的に不景気になりそうで、庶民の暮らしは厳しくなりそうだけど、ここまで酷いことにはならないのだろうなぁ…と。

私は子を持つまでは不景気も何も怖くなかったけれど、子を持ってからは「不安定な生活」が怖くてならない。

が、この作品を読んでいると、やはり今は良い時代なのだと思わずにはいられなかった。

村田喜代子は、はじめて読む作家さんだったが、これはちょっと他の作品も読んでみたい。

読みづらかったが、それを凌ぐほどに満足のいく1冊だった。

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白い木蓮の花の下で
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