「私、けっこう好きかも知れない」なんて事を読むたびに思う。
大崎善生の書く作品(特に恋愛小説)は、読んだ瞬間から忘れてしまうほどインパクトが薄いのだけど、なんと言ったら良いのだろう。流れる何かが自分自身のベースと似ている気がするのだ。
一見すると恋愛小説でもあるし、夫婦愛を謳っているようでもあるのだけれど、そうとも言い切れない気がする。
毎度読むたびに思うのは「とりあえず、人はどうにかして生きなきゃいけないんだなぁ…」ってこと。だけど生きるってのは、大変なことがあったりするし、作者の描く人々は「生き下手」な人ばかりで、たぶん「生き辛さ」を感じているのだと思う。
孤独か、それに等しいもの
今日一日をかけて、私は何を失ってゆくのだろう―。高校三年の初秋、ピアスの穴を開けようとする私に、恋人がささやいた一言―大切なものを失くしてしまうよ。あれから九年を経て、私は決まりきった退屈きわまりない毎日を過ごしていた…(「八月の傾斜」)。
憂鬱にとらえられ、かじかんでしまった女性の心を映しだし、灰色の日常に柔らかな光をそそぎこむ奇跡の小説全五篇。
明日への小さな一歩を後押しする珠玉の作品集。
アマゾンより引用
感想
そこで生じてくるのが「よりどころをどこに求めるのか」という問題と「どういう風にして自分自身を納得させるのか」という問題。
その辺の描き方が絶妙に上手い。
結論から言うと、解決にもなっていないし「たぶん、それで一生を乗り切るのは無理だよ」と思わせるものはあるのだけれど「とりあえず生きなきゃ」と地味に頑張る人々の姿は崇高でさえある。
この短編集も、話の筋書き自体は数年後に忘れちゃってる気がするのだけど「とりあえず生きる」と言うような消極的な力強さが生きていて、秀作と言っても良いと思う。
大崎善生は私にって熱愛するほどの作家さんとは言い難いけれど、たぶん、ずっと追いかけて行くのだろうなぁ……と思った。