『ロングウォーク』はスティーヴン・キングが別ペンネームのリチャード・バックマン名義で1979年に発表した小説『死のロングウォーク』を映画化した作品。ちなみにスティーブン・キングが大学在学中に執筆したとのことで、その才能に驚かされる。
私と夫はコロナ禍以降、ウォーキングを趣味としている。私自身の最長歩行記録は10万歩で約70キロ。夫は私よりもウォーキングにのめり込んでいて100キロウォークの大会に参加して完歩している。
『ロングウォーク』で描かれるウォーキングの世界は100キロどころの話ではない。
今回は物語のネタバレを含む感想になるので、ネタバレNGの方はご遠慮ください。
ロングウォーク
| ロングウォーク | |
|---|---|
| 原題または英題:The Long Walk | |
| 監督 | フランシス・ローレンス |
| 原作 | スティーブン・キング |
| 出演者 | ギャラティ – クーパー・ホフマン マクヴリーズ – デヴィッド・ジョンソン ギャレット・ウェアリング ベイカー – タット・ニュオート オルソン – ベン・ワン |
| 音楽 | ジェレマイア・フレイツ |
| 公開 | 日本 2026年6月26日 |
あらすじ
戦争により国家が分断された近未来のアメリカでは、困窮する社会への光として「ロングウォーク」という競技が国をあげて開催されていた。それは、ひたすら歩き続けるだけで破格の賞金と願いを1つかなえる権利を獲得できるこの競技で、全米から選ばれた50人の若者たちが挑戦する。
参加者に課されるのは「時速4.8キロをキープすること」「速度が下回ると警告開始」「3つの警告で即死」「最後の1人になるまで歩き続けること」という4つのルール。
若者たちは装甲車に囲まれ、銃を向けられながら、休息も睡眠も許されない極限状態のなかで必死に歩き続けるが……
人間が歩き続けることの限界値
映画の感想を書く前に。まずは長距離ウォーキングの前提から。
一般的に開催される『100キロウォーク』の大会の場合、参加者は約1日かけて100キロ完歩を目指すことになる。タイムリミットは大会によるけれど26~28時間縛りが多そう。速い人だと20時間を切る記録で歩くことができるけれど、多くの人は20~25、6時間を費やして歩くことになる。
競歩の世界記録では24時間で約250km(時速10km以上を維持)。
人間が睡眠をとらずに歩き続けられるのは約3日間(約72時間)が限界とされていて、それを超えると幻覚や意識混濁が始まるとのこと。距離に換算すると、不眠不休では約200km〜300kmが人間性能の限界値。
……しかし『ロングウォーク』の中での優勝者は約5日(120時間)近く、時速6.4kmを維持して約553km歩いている。設定的にはファンタジー的ではあるけれど、そこは目をつぶって楽しむ必要がある。
49人の死体の上に生き残るゲーム
『ロングウォーク』の中では「時速4.8キロをキープすること」「速度が下回ると警告開始」「3つの警告で即死」「最後の1人になるまで歩き続けること」と言うルールのもとに話が進んでいく。3つの警告を受けた時点で射殺されてしまうので、参加者50人中、49人は確実に死ぬ。ちなみに主要人物はこんな感じ。
- レイ・ギャラティ(背番号47) 物語の主人公。地元メイン州出身の16歳の少年。独裁政権(国家)に反抗したことで連行され、行方不明になった父親の復讐心を胸に秘めて参加。
- ピーター・マクヴリーズ(通称ピート / 背番号23)頬に傷のある黒人の少年。皮肉屋ですが、非常に情に厚く、レイと真っ先に親友(相棒)的存在。両親を亡くして養護施設やスラム街で生きてきた。
- アート・ベーカー(背番号6)貧しい町の出身の黒人。非常に素直で心優しい。レイやピートの良き理解者。
- ハンク・オルソン(背番号46)黄色人種の少年。他の参加者より身体が小さい印象。スタート当初は他の参加者をからかう余裕を見せていた。
- ゲイリー・バーコヴィッチ(背番号5)非常に口が悪く、他の参加者を小馬鹿にしたり、神経を逆なでするような発言を繰り返す。周囲からは「嫌われ者」として扱われる。
- ステビンス(背番号38) 常に集団の最後尾を独自のペースで歩き続ける、最も不気味で謎めいた少年。ロングウォークの裏事情に異常に詳しい。実は競技の主催者である「少佐」の隠し子(非嫡出子)で父親への愛憎を抱えている。
- 少佐(大佐 / The Major)ロングウォークの最高責任者。ジープに乗り、サングラス姿で少年たちを監視・鼓舞する。
ザックリ解説すると少佐は参加者を撃ち殺す(または部下に指示して殺害する)役目を持っていて、参加者はただ歩き、そして次々殺されていく。自分以外の全員が死ぬのが分かっていて歩く……って設定自体がイカれている。スティーブン・キングって、なんだかんだいって「死」を意識させる作品が多い気がする。
ピーターさんカッコイイ!
物語は群像劇的な側面をもたせつつ、主人公はレイなのだと思う。
しかし主人公以上に際立っていたのがレイと友情を育むピーター。身体も強けりゃ心も強い。しかも友情に熱いときたもんだ。『ドラえもん』のキャラクターで例えるのであれば、出来杉君かキレイなジャイアンってところ。
ピーターはレイをはじめ、脱落しそうな仲間を支え続けるのだけど、そのたびに私は「ピーター、なんていい奴なんだ。君に生き残って欲しいよ」と身悶えしていた。
レイとピーターは道中、様々なことを話すのだけど、ピーターは「自分はこの競技に向いていない」と打ち明ける。理由は「必ず生き残る信念がない」「人を蹴落とすことができない」と。そして「最後は自分の意思で歩くのを止めると思う」とも語っている。
他の参加者について
ロングウォークの参加者達50人は「1/50の確率でしか生き残れない」ってことを承知の上で参加している。それでもなお参加するのだから、特別な理由があったり腹に一物抱えていたりする。
主人公のレイは父親の復讐を考えているし、ロングウォークの体験記出版を志して参加した少年もいた。ステビンスは少佐の隠し子で、父親に対する愛憎を抱いて参加している。
言うなれば50人は全員「社会の中でちょっとした生き難さを感じている少年」って設定になっている。そんな彼らが同じ目的に向かって歩き、そして1人ずつ殺される。観ている人間は「頑張っている少年が殺されていく映像」を延々と強制的に観察させられるという、なんだか訳の分からない時間を過ごすことになる。
長距離ウォーキングで見えてくるもの
さて。50人の参加者達は次々と殺されていくのだけど、警告を受けて射殺された理由は人それぞれ。
- 足の不調で歩けなくなって射殺
- 排泄していて警告を受けて射殺
- 競技から離脱しようとして射殺
- メンタルが崩壊して奇行に走り、射殺
作品中に49回の射殺場面が出てきた訳ではなく「夜が明けたら仲間が減っていた」みたいなことも多いのだけど、警告を受けて射殺された理由で吃驚するくらいに多かったのが「メンタルが崩壊して奇行に走り、射殺される」だった。後半に入るとメンタルが崩壊して謎な行動をする参加者が目立ってくる。
100キロウォークにハマっている夫が言うには「100キロウォークも最後の方はしんど過ぎて自分のメンタルがちょっとおかしくなってきてるの分かるし、彼らが奇行に走るのは分かる」とのこと。
私は100キロ歩いたことがないけれど10万歩(約70キロ)歩いた時に、謎なハイテンションを経験しているので、少年達が奇行に走っていったのはなんとなく理解することができた。
これって長距離ウォーキング云々だけでなく、他の事象にもあてはめることができると思う。人間、心身の疲労が限界値を突破すると、どこかが壊れる。これはあくまで創作物だから良いけれど、普通の人は限界を越える前に引き返すことが人生を円滑に進んでいくコツだと思う。
予想外のラストに戸惑い
さて。『ロングウォーク』の結末について。「ネタバレ込みですよ」とは言うものの、本当にオチまで書いてしまうので「せめてオチは自分の目で確かめたい」って方はここでウィンドウを閉じて戴きたい。
そして「ネタバレも何も履修済みです」とか「ネタバレ喰らっても美味しく戴けます」って方のみ、ここから先を読んでください。
物語の登場人物設定を読んだ時点で大抵の人は「はいはい。最後はレイとピーターの一騎打ちですよね。分かります」みたいな気持ちになると思う。私もそうだった。
しかもピーターはレイと話をしている最中に「自分は自分の意思で歩くのを止める」と宣言している。そしてレイに対して「生きてお母さんのところに帰れ」とも話していた。なので私はずっと思っていた。「ピーターは天使みたいにいいヤツだけど、自己犠牲を発揮して優勝できないんだろうな」と。物語的にはそれが順当な気もしていた。
だけど『ロングウォーク』は予想を超えてきた。
ピーターはレイを勝たせるべく自分から競技を降りようとするが、レイは「ピーターのような人間が生き残るべきだ」と言う思いから、ピーターを振り切って自ら競技を離脱。警告を受けて射殺され、ピーターが勝者となる。分かる……レイがピーターに勝ちを譲った気持ちは分かる。だけど、吃驚しちゃったよね。自分のことを待っている人間(母親)がいるレイが死んで、天涯孤独のピーターが生き残ってしまうんだもの。
こんな結末。誰も望んでいなかったと思う。それは勝者となったピーターとて同じことだった。ピートは報酬として「兵士が持っている小銃(カービン銃)が欲しい」と要求。銃を手に入れたピートは、自分の命を救ってくれたレイ(そして独裁政権に父親を殺されたレイ)の復讐を果たすため、その場で少佐を射殺する。ピーターのその後については描かれていないものの、普通に考えたらピーターも無事ではいられないのだろう。
誰1人も幸せにはならないバッドエンドだった。
原作との違い
私。原作未読で映画に挑んだのだけど、どうしても小説が気になったので映画を観た後で原作に手を付けてみた。原作小説と映画ではちょいちょい違いが見受けられた。
小説や漫画を映画化するにあたって、私は「原作へのリスペクトは必要だけど全て原作と同じである必要はない」と考えている。そもそもとして、人間の感受性はそれぞれ違うので文章や漫画を読んで作り上げた脳内映像は1人1人違うはず。
『ロングウォーク』の場合はラストのオチが違っていたのには吃驚だった。
てっきり映画は小説と同じ結末なのだろうと思い込んでいたのだけど、なんと映画ではピートが勝者、小説ではレイが勝者になっている……逆だったのだ。大オチを変えてくるだなんて、なかなか攻めたよね……と思うものの、原作者のスティーブン・キングは存命なのでスティーブン・キングの了承あってのことなのだと思う。
……と言うことは。スティーブン・キング的にはレイとピーター。この2人のどちらが勝者だったかは些末なことで、彼が描きたかったのはそこじゃなかったのかも……ってことが推察できる。
そもそもスティーブン・キングはミステリー作家なのだ。「怖い話」「人を吃驚させる話」を書くことがお仕事。日本の純文学的視点でもって捉えるべき作品ではないのだと思う。「近未来設定の怖さ」だとか「少年の友情」とか「人間の狂気」とか、観客にそういうところを五感で感じて嫌な気持ちになってもらうのが『ロングウォーク』と言う映画なのだと思う。
なかなか嫌な感じの作品(褒め言葉です)なので観るにあたっては覚悟を持って挑んで戴きたい。私はとても面白かった。

