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映画『セッション』感想。

『セッション』は2006年に公開されたアメリカ映画。監督のデイミアン・チャゼルは『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞を受賞している。

プロのジャズドラマーを目指す若者が主人公の物語で音楽的には素晴らしいし、かなり熱い音楽映画だったけれど、私はイマイチ好きになれなかった。

音楽映画と言うよりも軍隊生活を描いた作品に近いノリで『フルメタル・ジャケット』を連想してしまった。

今回の感想はラストのネタバレも含む内容になるので、ネタバレNGの方はご遠慮ください。

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セッション

セッション
Whiplash
監督デイミアン・チャゼル
脚本デイミアン・チャゼル
製作ジェイソン・ブラム
ヘレン・エスタブルック
ミシェル・リトヴァク
デヴィッド・ランカスター
製作総指揮ジェイソン・ライトマン
コウパー・サミュエルソン
ゲイリー・マイケル・ウォルターズ
出演者マイルズ・テラー
J・K・シモンズ
音楽ジャスティン・ハーウィッツ
公開アメリカ合衆国の旗 2014年10月10日
日本の旗 2015年4月17日

あらすじ

19歳のアンドリュー・ニーマンは、バディ・リッチのような」ジャズドラマーになることに憧れ、アメリカ最高峰の音楽学校、シェイファー音楽院へ通っていた。

ある日アンドリューが教室で1人ドラムを叩いていると、学院最高の指導者と名高いテレンス・フレッチャーと出会う。後日、アンドリューが学ぶ初等クラスをフレッチャーが訪れ、自身が指揮するシェイファー最上位クラスであるスタジオ・バンドチームに引き抜かれた。

練習初日、フレッチャーは開始早々バンドメンバーに罵詈雑言を浴びせはじめ、1人を退場させる。

フレッチャーは一流のミュージシャンを輩出することしか考えておらず、要求するレベルの演奏ができない生徒に対し、人格否定や侮辱を含めた罵声や怒号を浴びせるのだった。

その矛先はさっそくアンドリューにも向けられ、ほんのわずかにテンポがずれているという理由で椅子を投げつけられてしまう。それどころか他のメンバーの目の前で頬を引っ叩かれ、屈辱的な言葉を浴びせられる。

しかしアンドリューはこの悔しさをバネに、文字通り血のにじむような猛特訓開始する。

そしてバンドはコンテストに出場することになる。

アンドリューは主奏ドラマーであるタナーの楽譜めくり係として参加していたが、タナーから預かった楽譜をなくしてしまう。

暗譜をしていないタナーが演奏できない事態の中、アンドリューは自ら「自分は暗譜しているから叩かせてくれ」とフレッチャーに直訴。そしてアンドリューは上々の演奏を見せバンドはコンテストに優勝。フレッチャーは翌日から主奏ドラマーにアンドリューを指名する。

重要なコンペティションを控えたある日、フレッチャーは過去に教え子だったショーン・ケイシーが自動車事故で亡くなったことをバンドのメンバーに語る。ショーンを悼んで涙を流すフレッチャー。しかし実はその死には意外な秘密が隠されていた。

そして迎えたコンペティション当日、アンドリューの乗ったバスが会場へ向かう途中で故障してしまう。

アンドリューは慌ててレンタカーショップに飛び込むが、会場に到着後、ドラムスティックをレンタカーショップに忘れたことに気づく。罵倒とともにコノリーとの交代を指示するフレッチャーに対し、アンドリューは10分でスティックを取って戻ると宣言するが、再び会場に向かう最中、アンドリューはトラックと交通事故を起こしてしまう。

アンドリューは血まみれになりながらも開演ギリギリに駆け付けるが怪我の影響で満足な演奏は出来ず、ついにはスティックを落としてしまう。

フレッチャーは曲の途中で演奏をストップさせアンドリューに「お前は終わりだ」と宣告。この言葉に激昂したアンドリューはフレッチャーに殴りかかり、この騒動を受けてアンドリューはシェイファー音楽院を退学処分となり、プロのドラマーになる夢が潰える大きな挫折を迎える。

夢が破れて失意の日々を送るアンドリューだったが、予想外の展開が訪れる。

罵倒に次ぐ罵倒

昔見た作品なので感想は書いていないのだけど『セッション』は『フルメタル・ジャケット』に近いノリがある。

『フルメタル・ジャケット』はハートマン軍曹の罵倒と、ハートマン軍曹のシゴキによって追い詰められていったほほえみデブの狂気が話題になった作品だけど『セッション』のフレッチャーの罵倒はハートマン軍曹に負けるとも劣らないほど酷い。

『フルメタル・ジャケット』を楽しめた人は面白いと思うのだけど『フルメタル・ジャケット』のノリが苦手な人にはオススメ出来ない。

軍隊に限ったことではなくて、スポーツ界にしても、音楽界にしても「行き過ぎた指導」はどうかと思う。

『フルメタル・ジャケット』の中で、ほほえみデブはハートマン軍曹を撃ち殺していてるし『セッション』の中でフレッチャーが「最高の教え子だった」と言うショーン・ケイシーはフレッチャーの行き過ぎた指導が原因で心を病んで自殺している。

『フルメタル・ジャケット』にしても『セッション』にしても「一線を越えたらこうなるぞ」の見本のようなもので、そういう意味では名作とも言える。

「プロとしてどうなのよ?」って話

私が『セッション』を好きなれなかった理由はフレッチャーの罵倒の酷さが嫌だった…って訳ではない。

フレッチャーの指導方法については賛成出来ないものの「こういう指導者もいるよ」ってことは理解出来るし、どの世界も突き抜けていく人は頭がオカシイ…と言うか常識の枠にハメることが出来ない人が多い。

私が『セッション』を観てどうしても許し難いと思ったのはフレッチャーがラストの音楽祭で私怨からアンドリューを罠にハメたくだり。

フレッチャーがアンドリューを憎む気持ちは理解出来るけれど、私怨から舞台をメチャメチャにしようとしたのは、どうしても許し難い。

お金をもらって舞台に立つ人間が舞台を潰すようなことをするなんて、プロととして失格だと思う。結果的に、アンドリューは実力でフレッチャーの罠をブッちぎって事なきを得たけれど、フレッチャーの行動はバンドメンバーへの離反でもあり、観客に土下座して謝るレベルのことだと思う。

フレッチャーが音楽への情熱ゆえに行き過ぎてしまうところは理解出来たけど、舞台をないがしろにしたフレッチャーは音楽人として失格だと思った。

音楽的には悪くない

フレッチャー。お前、人間としても音楽人としてもクズ過ぎるだろう。

…っことで私は『セッション』って作品をイマイチ好きになれなかったのだけど、音楽的には悪くない。演奏シーンは熱くなれるし、ラストの音楽祭の場面は実に素晴らしい。

フレッチャーのクズっぷりさえ無ければ、私は『セッション』をもっと好きになっていたと思う。

色々と思うところはあるけれどフレッチャーを演じた J・K・シモンズはこの訳でアカデミー助演男優賞を受賞している。それくらいフレッチャーは強烈なキャラクターだったし、好き嫌いはさておき『セッション』が強烈なインパクトのある作品だってことは間違いない。

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白い木蓮の花の下で
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