『スーパーノヴァ』は、イギリス俳優の至宝コリン・ファースとスタンリー・トゥッチが、20年来のパートナーである男性カップルを演じたヒューマンドラマ。
コリン・ファースと言えば『キングスマン』でゴリゴリのイギリス紳士を演じたことで知られているし、スタンリー・トゥッチは『プラダを着た悪魔』や『教皇選挙』で「スキンヘッドのイケオジ」として知られる。両名とも私好みのイケオジ俳優。
実のところ作品の詳細は何も知らない状態で、「アマゾンプライムでイケオジを愛でながら昼ごはん食べるか~」くらいの気楽な気持ちで視聴したのだけど……とんでもない作品だった。『スーパーノヴァ』はある程度の方向性を知った上で、覚悟を持って挑むべきだった。
今回は物語のオチとなる大切な部分のネタバレを含む感想になるので、ネタバレNGの方はご遠慮ください。
スーパーノヴァ
| スーパーノヴァ | |
|---|---|
| Supernova | |
| 監督 | ハリー・マックイーン |
| 脚本 | ハリー・マックイーン |
| 出演者 | コリン・ファース スタンリー・トゥッチ ジェームズ・ドレイファス ピッパ・ヘイウッド |
| 音楽 | キートン・ヘンソン セーラ・ブリッジ(音楽監修) |
| 公開 | イギリス 2021年3月5日 日本 2021年7月1日 |
あらすじ
ピアニストのサムと作家のタスカーは、愛犬のルビーを連れ、古いキャンピングカーでイギリス北部の湖水地方を目指して旅をしていた。表向きはサムの復帰コンサートへ向かうための旅だが、真の目的は、若年性認知症を患うタスカーが「自分を失う前」に、友人や家族と最後の思い出を作ることだった。
車中での軽妙なやり取りや美しい風景が続く中、タスカーがボタンを留められなくなったり、ふとした瞬間に視線が泳いだりする様子が映し出される。
2人はサムの姉リリーの家を訪れた。そこでは親しい友人たちを集めたサプライズパーティーが開かれ、温かな時間が流れる。しかし、タスカーはリリーに対し密かに不安を漏らす。「僕は、以前の僕が住んでいた場所の『隣人』になってしまった。もうすぐ、その場所も明け渡さなきゃならない」と。
一方、サムはタスカーが執筆中だと言っていた「新作の原稿」をこっそり覗き見るのだが、そこにあったのは整然とした物語ではなく、震える手で書かれた支離滅裂な線であり、途中から空白が続いていた。作家として崩壊していく現実をサムは突きつけられたのだった。
旅の終着点として二人が借りたコテージで、決定的な出来事が起こる。サムはタスカーの鞄の底から、致死量の薬が入った小瓶と、家族への別れを告げる録音テープを発見する。タスカーは病が自分を完全に支配する前に、自らの意思で人生を終わらせる準備をしていたのだった。
激昂したサムはタスカーを問い詰める。「僕を置いていくなんて、そんな勝手なことは許さない。どんな状態になっても、僕が君の面倒を見る」と。しかしタスカーは「君は介護者になるために生まれてきたんじゃない。僕が僕であるうちに、君に『僕』を覚えていてほしいんだ。変わり果てた姿を記憶の上書きにしたくない」とサムに伝える。
二人は一晩中、愛と絶望、そして尊厳について激しく、ときに静かに語り合うのだった。そして翌朝、二人は穏やかな光の中で目を覚ます。
映画のラストでサムは独りステージに立っていた。観客席に、本来隣にいるべきタスカーの姿は無い。サムはタスカーに捧げるように、彼が愛したエドワード・エルガーの『愛の挨拶(Salut d’Amour)』をピアノで奏でるのだった。
イケオジを愛でる
『スーパーノヴァ』を観るにあたって、私は「イケオジを愛でながら昼ごはん食べるか~」くらいの気楽な気持ちで挑んだのだけど、それについては100%満足することができた。
「カッコイイ」って言葉は若者だけに適用されるものじゃない。若くても年を重ねていても、カッコイイものはカッコイイ。(私は綺麗・可愛いについても同様に考えている) 役者の魅力というものは単純に「見た目の美しさ」だけで決まるものではない。声だったり、仕草だったり、動きだったり……演技から滲み出るものだと思っている。もしかすると「知性」だったり「人柄」なども含まれるのかもしれない。
『スーパーノヴァ』でコリン・ファースとスタンリー・トゥッチは20年連れ添ったゲイカップルを演じているのだけど、実生活でも2人は20年来の友人とのこと。もともとスタンリー・トゥッチに話が回ってきて、彼がコリン・ファースに脚本を見せて共演が決まったらしい。長年の友人が長年連れ添ったカップルを演じるだなんて、なかなかにエモい。
ゲイカップルの生活
同性愛者が主人公の映画と言うと、とかく差別云々に視点が置かれがちだが、『スーパーノヴァ』については差別的な側面は重要視されていない。
イギリスでは、2014年にイングランドとウェールズ、同年12月にスコットランド、2020年1月に北アイルランドで同性婚が順次合法化され、現在では全域で同性カップルの結婚が認められている。作中で元首相のサッチャーについて恨み言を漏らす場面があった程度で、劇中の2人は家族や友人からも自然にカップルとして扱われている。
若年性認知症
若年性認知症については、荻原浩の小説『明日の記憶』を渡辺謙の主演で映画化した作品などもあって、少しずつ認知度は上がっていると思う。
認知症というと高齢者の病気のイメージが強いけれど、若年性認知症は65歳未満で発症する認知症の総称で、早い場合は40代で発症するケースがある。まだまだ治療法が確立されていないため、「あなたは若年性認知症です」と宣告された人の苦悩は想像しただけで辛いものがある。
- 家族に迷惑がかかる。
- 自分が愛した人の顔さえ忘れてしまう。
「もしも自分が若年性認知症になったら?」と考えただけでも恐ろしい。私自身は53歳だけど、もし宣告されたら「夫や娘に迷惑を掛けることになる」と絶望してしまうと思う。そして、それはタスカーも同じだった。
愛と死と選択
『スーパーノヴァ』のラストの解釈は、人によって意見が分かれるだろう。
- 愛する人を忘れてしまいたくない
- 愛する人に迷惑をかけたくない
- 愛する人には素敵な自分の姿だけを覚えていてほしい
タスカーの気持ちは痛いほど分かるのだけど、「だから自死を選びます」というのは、人間として、あるいは倫理的にどうなのか、という議論はある。昨今は安楽死を認めている国もあるけれど、イギリスでは認められていない。そしてパートナーが自死した場合、残された家族の苦しみはいかばかりか……と想像すると、これまた辛い。
サムは「最後まで一緒にいる。自分が面倒をみる」とタスカーに懇願するけれど、最後はタスカーの気持ちを尊重している。愛する人の幸せ(尊厳)を願って死を選ぶタスカーと、愛する人の決断を受け入れるサム。辛すぎて泣いてしまった。
作品の序盤、タスカーが『愛の挨拶』を聴きながら「僕はこの曲が好きなのに(君は)弾いてくれないね」と話す場面がある。私は「確かに『愛の挨拶』はソナチネ程度の難易度だから、プロの演奏会で登場することはないよね」と思って観ていた。
だけどラストでサムは、自身の演奏会で『愛の挨拶』を弾いている。泣く……これは泣く。愛する人に捧げる、ただ一人のための演奏。ハリー・マックイーン監督、やりやがった……泣かせる映画を撮りやがった。
『スーパーノヴァ』を観るのであれば、泣かされるのを覚悟で挑んでいただきたい。

