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昭和の犬の飼い方。

ある日の夕食。夫が煮浸しのダシを白ご飯にかけた。

ご飯にお味噌汁をかけたり、何かのおかずのダシをかけて食べるのはお行儀が悪いって事は夫も私も理解している。だけど我が家は「家の中だけならアリ」とのことで容認していて、例えば「白いご飯におでんのダシをかけて食べる」なんてこともある。

娘には口を酸っぱくして「これは家の中だけの事だからね。他所に行ってやっちゃ駄目だだからね。これは行儀の悪い事だから、年配の人だと「犬や猫じゃあるまいし」って嫌う人もいるくらいだからね」と言い聞かせている。

しかしその日はふと「そう言えば昔の犬や猫って家族の残り物を食べたな」って事を思い出した。

犬や猫の食事にドッグフードやキャットフードを食べさせるのが当たり前になったのって、いつの頃からなのだろう?

私が子どもの頃。祖母の家では庭で犬を飼っていた。犬は代々「チロ」と名付けられていて、代々雑種で白い犬だった。

祖母は毎晩、家族の夕食が終わると「チロのご飯」を作っていた。

「チロのご飯」は家族が食べ残したおかずや味噌汁とご飯を鍋で煮て作ったもの。

お肉がある時は「チロのお肉」として、あらかじめチロの分を取り分けていたように記憶している。チロは毎日祖母作った「チロのご飯」をたっぷり食べて、1日1回、散歩に行ってその他の時間は庭で放し飼いにされていた。

昭和の犬の飼い方は今の時代からすると常識ハズレも甚だしい。

「犬には人間用に味のついた物は犬に食べさせてはいけない」と言うのが今の常識。玉ねぎ等「食べさせてはいけない食べ物」なんてのもあるし、そもそも最近は外飼の犬自体少なくなっているし、自分の敷地内とは言っても「放し飼い」なんてありえない話だ。

今の常識からすると、ありえないレベルで雑に飼われていたチロは毎日楽しそうに暮らしていて、そこそこ長生きして死んでいった。チロが死ぬといつの間にか「新しいチロ」がやってきて、新しいチロもまた祖母の作る「チロのご飯」を食べていた。

チロの飼い方は今の常識ではありえない話だけど、当時の犬はどの家も相当雑に飼われていたような気がする。

むしろ「犬のご飯」を作ってもらえる犬の方が幸せでドッグフードを食べている犬は「可哀想に…あんな不味い物を食べさせられているのね」と言う扱いだった気がする。室内飼いの犬は珍しくて「お座敷犬」なんて言葉さえあった。

昭和の犬の飼い方が正しいとは思わないけれど、ふと「もしかすると当時の犬は今の犬より幸せだったのかも知れないな…」と思ったりする。

彼らは犬の身体に良くない物を食べていただろうから、もしかすると今の犬より寿命は短かったのかも知れないけれど「好きな物を食べて、気ままに生きて、そこそこの年で死ぬ」って感じだったのではなかろうか。

夫が白ご飯にダシをかけて食べるのを見て、犬のご飯を連想するのはどうかと思うのだけど、美味しそうにダシをかけてご飯を食べている夫の姿と美味しそうに祖母の作った「チロのご飯」を食べていたチロの姿が重なってしまった。

昭和の犬の飼い方は今の時代には通用しない。

私は人間なので犬の気持ちなんて分からないけれど、祖母の作った「チロのご飯」を美味しそうに食べるチロの姿を振りかえってみるにつけ「昭和の犬も案外幸せだったんじゃないかな」なんて事を思ってしまった。

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