『百年泥』は第158回芥川賞受賞作。『おらおらでひとりいぐも』と同時受賞。
芥川賞が同時に2作出ることもあると言えばあるけれど「2つとも芥川賞を出さずはいられなかった」と言うことなのだから、面白いに違いない…と手に取った。
作者の石井遊佳は東大出身で現在はインド在住。作品の舞台もインドとのことで期待していたのだけど、私はそれほど面白く感じなかった。
単純に好みの問題なのかも知れないけれど『おらおらでひとりいぐも』だけでも良かったんじゃないかと思ってしまった。
百年泥
私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。
橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る!
かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは――あったかもしれない人生、群れみだれる人びと……
アマゾンより引用
感想
作品の舞台はインド。題名の『百年泥』は、インドで起こる百年に一度の洪水のこと。
インドの企業でインド人に日本語を教える日本女性が主人公。主人公がインドで日本語教師として働いているターンと主人公の記憶の物語とが行ったり来たりする方式。
便宜上「主人公の記憶」と書いたけれど、主人公以外の視点や記憶も入っていて、さらに言うなら軽くファンタジーと言うか、妄想も入っている。
一昔前の小劇団の脚本を読んでいるようなノリ。好きな人もいるだろうけれど、とっ散らかった感が半端ない。
主人公の記憶を中心とする物語は面白いと思ったし共感する部分も多かった。
内気で口数の少ない母親の話はもっとじっくり描いても良かったんじゃないかと思う。このエピソードは沢山の容量を使っていることもあって、グッっとくるものがあった。
ただし「精神年齢が10歳程度のインド人の生徒」とか「謎の飛翔出勤」とか、インド人生徒達とどうでも良いようなやり取りとか、読んでいて退屈な部分も多かった。
きっと「何もかも受け止める懐の大きさがインドなんだよ!」って事なのだと思うのだけど、どうしてもそのノリについていけなかった。
期待値が高かったからガッカリしたってところは否定できないけれど、前衛的な雰囲気は決して新しいものではなく「あ~。こじらせちゃった人がこう言うの書くよね~」なところに留まってしまったのが敗因だと思う。
荒唐無稽なのは良いとしても、それでもなおまとまりは必要なのだ。
例えば、つかこうへいの作品ってハチャメチャで作品によっては唐突に妄想ターンが組み込まれたりするけれど、ちゃんと1つの作品としてまとまっているし何より荒唐無稽な作品を強引にまとめていく勢いと力に溢れている。
この作品の場合、押し切っていくだけの力が足りていないように思うのだ。
文句ばかり書いてしまったけれど、最近とんと見掛けなかった作風であることは評価したいところ。次回作に期待したい。