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N君のお父さんのパン屋さん。

小学校の頃、同級生にパン屋さんの息子がいた。名前をN君と言う。

N君はひょろりと背が高くて、ヤンチャでひょうきん者だった。しかし、勉強は苦手なタイプで先生に指されると地蔵のように固まっていた。クラス内でのN君の評価は「勉強は出来ないけど、ええ奴」って感じだったと思う。

そんなN君が国語の時間にクラスのみんなから大注目される事があった。N君の書いた作文を担任の先生が絶賛したのだ。それはN君が自分のお父さんの事を書いた作文だった。

N君のお父さんはパン屋さんだった。作文には朝早く起きてパン屋の仕事に行くお父さんの事が生き生きと書かれていて、N君はお父さんの事を尊敬しているようだった。

作文の最後は「ぼくもお父さんみたいなパン屋さんになりたいです」と書かれていた。

当時、校区内にはパン屋さんは無く、パンと言えば山崎等のメーカー系のパンを買うしか無かった。

N君のお父さんのパン屋さんは駅前にあった。チェーン店系のパン屋ではなくてオーナー夫婦だけで切り盛りするようなパン屋さんだった。

私は親にねだってN君のお父さんのお店に連れて行ってもらい、生まれて初めて「パン屋さんの焼き立てのパン」を買ってもらった。

生まれて初めて食べた「パン屋さんのパン」の美味しかった事と言ったらなかった。どんなパンを食べたか今でもハッキリ覚えている。

棒に刺したフランクフルトにパン生地が巻きつけてあるパンで、当時の私にとって衝撃的な食べ物だった。

小学生の頃はなんだかんだと交流のあったN君だけど、中学は3つの小学校が合体した形で1学年12組あり、N君とは1度も同じクラスにならず、N君どこの高校に進学したのかさえ知らなかった。

パン屋さんにパンを買いに行く事はあったれど、N君と顔を合わせる事はなかったし、N君のお父さんは店の奥でパンを焼いていて、どんな人なのかは知らないまま時が流れていった。

N君のお父さんのパン屋さんはずっと続いていて、私が結婚してからもそこにあった。

たまたま前を通りかかった時、夫に「このパン屋さん、小学校の同級生のお父さんのパン屋さんなんだよ」と話したら夫は「じゃあ、パン買っていこうよ。もしかしたら同級生が跡を継いでいるかもよ」と言ってくれたのだけど、なんとなく気恥ずかしくてパン屋さんには入れず仕舞いだった。

先日、久しぶりにN君のお父さんのパン屋さんの前を通りがかったのだけど、パン屋さんは無くなっていて別のお店になっていた。

N君のお父さんのパン屋さんが無くなってしまった理由は分からない。

お父さんの年齢を考えると仕方がないことなんだろうな…とは思うものの、なんだかやけに寂しかった。

恐らくN君はパン屋さんにはならなかったのだろう。

子どもの頃の夢が変わるのは当たり前の事なのだけど、小学校の時の作文があまりにも印象的過ぎたせいか私はずっと「N君はお父さんの跡を継いでパン屋さんになったんだろうな」と勝手に思い込んでいた。

今さら言っても仕方がないけれど、夫が言ってくれた時にパンを買っておくんだったな…と後悔している。

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白い木蓮の花の下で
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