読んだ本の『50音別作家一覧』はこちらから>>

年賀状だけのお付き合い。

若い頃は「年賀状だけのお付き合いなんて馬鹿みたい」と思ってたのに、ここ数年は宗旨変えして「年賀状だけのお付き合いでもいいじゃない」と思うようになっている。

理由は色々あるけれど「年賀状だけでしか近況がわからない人」の存在が大きいように思う。

特に若い頃お世話になった年配の方達。年賀状の返信等は期待していなくて「あの頃はお世話なりました。おかげさまで元気に暮らしています」と言う気持ちを込めて出しているのだけれど、ここ数年で年配の師匠達が次々と鬼籍に入られてしまった。

今年は華道の師匠に出した年賀状が戻ってきてしまった。

ここ数年、年賀状が来なくなっていて「体調がお悪いのかな?」と思ってはいたのだけれど、どうやら家を手放してしまわれたようだ。家を手放して高齢者住宅に入られたのか、それとも鬼籍に入られたのか。

だけど、よく考えてみると私が小学生の時、師匠は小学生の私の目から見てすでに「おばあさん」だった。

正確なお年は分からないけれど、かなりご高齢のはずなので残念だけど仕方ないことなのだろうな…と思っている。

私より先に結婚した友人・知人達は次々と「写真付きの年賀状」を卒業している。

お子さんが成長して「写真付きの年賀状なんて恥ずかしい」と言うお年頃になったのだと思う。写真付き年賀状って嫌いな人が多いようだけど、私は「知ってる子」の写真なら大歓迎。

写真付きの年賀状を送ってくれていた先輩のお子さんは赤ちゃんの時に抱っこさせてもらったり、一緒に遊ばせてもらっていたので、成長が見られなくなったのは少し寂しい。

また、それこそ「年賀状だけでしか近況が分からない友人達の中に、近況を書いてくれている人がいたのが嬉しかった。

「会えないけど頑張っているんだなぁ」と嬉しかったし、ひとこと書いてくれるだけでも「いつか、また会いたいな」と思う。

年賀状を出す枚数自体は毎年じわじわと減っているけれど「もう無理。出すのしんどい」と思うようになるまでは、今出している人達だけでも出し続けていきたいな…と思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
日記
スポンサーリンク
白い木蓮の花の下で
タイトルとURLをコピーしました