文句なしで面白い作品だった。もしかしたら2015年に読んだ本の中でナンバーワンになるかも知れない。
歌川たいじははじめて読む作家さんなのだけど、グイグイ引き込まれる文章と圧倒的な面白さにやられてしまった。
物凄く熱い……暑苦しい作品だった。素晴らしい!
やせる石鹸
たまみは人も驚く巨デブ女子。邪魔ですみませんと身を竦め生きてきた彼女がデブ専男子から告白された! けれどたまみは泣きながら彼を拒絶して……。甘塩っぱくて毒もある、カウンターパンチ的青春小説ここに見参!
アマゾンより引用
感想
主人公が複数いるタイプの作品だった。しかも主人公は全員デブ。デブと言っても「ぽっちゃり体型」なんてレベルではない巨デブ設定。
デブ専バーで働く實と、身内が経営する日本料理で働くたまみ。そして2人が共通して知っている「よき子」の3人を中心に物語が進んでいく。
「巨デブである」という事で他人から傷つけられて生きてきた人間が成長していく物語で「青春小説」と言っても良いと思う。
主人公達は題名になっている「やせる石鹸」が気になりつつも買えない……と言うところに、まずグッっときた。「これを使うのは、巨デブではない人間だ」という諦めからスタートする。
ざっくりと物語を説明すると、實はデブ専バーで働きそこにいる人達と関わることで成長していく。
たまみはデブ専の男性から告白されるも「デブが好きなのであって、私が好きって訳じゃないのかも」という悩みを抱きつつ、とあるキッカケから6人のデブを集めデブのダンスグルーブを結成する。
よき子については物語の大きな鍵になるので、ここでは語らない。
実は私。この本を読みながら何度か泣いた。
「デブだから」と言う理由で他人から傷つけられ続けてきた人間の心理が上手く書け過ぎているのだ。
これは「デブ」に限った事ではないと思うのだけど、他人から深く傷つけられ、虐げられてきた人は「頑張れ」と言われても頑張れないし、人の好意を受け入れるのが苦手だったり、信じられないほど卑屈だったりする。
そんな彼らが紆余曲折を経て立ち上がっていく姿に涙せずにはいられなかった。
そして作者の言葉のセンスには感心させられた。
作中に「スリムバンバン」と言うインチキダイエット薬が登場するのだけど、そのダイエット薬の副作用で死者が出て、運営会社のサイトが炎上した時に社長の妻が書いたと言う文章が実に素晴らしい。
「家畜が死んだところで、家畜は家畜です。豚が死んだところで、誰が泣きますか?」
酷過ぎて感心してしまった。この一節以外にもデブに対する罵倒が沢山書かれているのだけど、どれも腹立たしいし酷いし「よくそんな言葉を思いつくな!」と言うレベル。
人間を「いじめる側」と「いじめられる側」に分けたとしたら、作者はたぶん「いじめられる側」の人間だったのだと思う。
嫌な話だけど他人に心ない言葉を吐く人って、これくらいの事は平気で言うし、全ての罵倒にやたらリアリティがあった。
物語の後半、巨デブのダンスチームを結成してからのくだりは少し展開が雑な印象を受けたけれど、とにかく勢いのある作品だったので多少の粗は問題ではないように思う。
本を読んでいていつも思うのだけど「無難にまとまった80点の作品」よりも「マイナス部分もあるけれど、ぶっちぎりで突出している部分のある作品」の方が心に残るものなのだ。
この作品では「巨デブ」と言う多くの人がイメージしやすい主人公だけど、世の中で「少数派」と呼ばれるところに属する人なら、主人公達の気持ちが分かるのではないかと思う。
虐げられる事で精神的に引き篭もっていた主人公達が悲しみや憤怒を乗り越えて逞しく生きていく姿に元気を分けてもらった気がする。
作者、歌川たいじの情熱が伝わってくるような、熱く素晴らしい作品だった。