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さよなら、ニルヴァーナ 窪美澄 文藝春秋

窪美澄の作品を読むのはこれで2冊目。

前回読んだ『晴天の迷いクジラ』がけっこう良かったので図書館の新刊コーナーにあったのを手に取った。

題名からして、悩める若者の青春物語かと予想していたのだけど、とんでもない内容で「読まなきゃ良かった」と後悔させられた。

神戸で起こった酒鬼薔薇事件をテーマにした作品だった。

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さよなら、ニルヴァーナ

14歳の時に女児を殺害し、身を隠すように暮らす元「少年A」。

少年に惹かれ、どこかにいるはずの彼を探す少女。その少女に亡き娘の姿を重ねる被害者の母親。そして環の外から彼らを見つめる作家志望の女性。

運命に導かれるように絡み合う4人の人生は思いがけない結末へ。人間の深奥に切り込む著者渾身の物語。

アマゾンより引用

感想

酒鬼薔薇事件と言えば、犯人だった少年が『絶歌』という作品を発表して話題になったけれど、私は読むつもりも買うつもりも無い。

いくら表現の自由があるとは言え、犯罪者が犯罪で金儲けをするのは許しがたいし、酒鬼薔薇事件はご遺族もご存命なのだ。

あんな本を出そうとする人間も、それを出版した出版社も許しがたいと思っている。

『さよなら、ニルヴァーナ』作品は『絶歌』が出版されるずっと前に文芸誌で連載されていたものだ。出版した時期も『絶歌』よりも前なので『絶歌』に乗っかった商売ではない事だけは先に書いておこうと思う。

だからって、こういう作品がアリか無しかと言うと、個人的な見解からすると「無し」だと思う。

作家が創作を書くのは自由だし、それを止める事は出来ないけれど、この作品の中で酒鬼薔薇聖斗をモデルにしただろう登場人物は神格化されていたのだ。

流石に神格化はマズい。巻末の参考文献リストを見ると被害者の家族が書いた本が1冊、書かれていない。

読んでいないはずはないだろうと思うのだけど、あえて参考文献リストから外したのは、被害者家族からの反対を受けるからだろうと推察する。

少年Aを神格化したのも不愉快だったけれど、作者を投影したと思われる作家が「酒鬼薔薇事件をモデルに小説を書かずにいられなかった理由」をグダクダ書いていたのは見苦しいと思った。

間違った事をしていないなら言い訳なんて並べる必要はないはずだ。

しかもその小説家は少年Aのモデルを知った時「彼に恋しているようだ」と感じている。犯罪者に恋する登場人物が出てくるのは100歩譲るけれど、作者を投影した登場人物がそれでは駄目だろう。

実際に起こった犯罪をテーマにした小説が駄目だとは言わない。

女性作家だと桐野夏生だって宮部みゆきだって実際にあった犯罪をテーマにした作品手掛けている。しかし彼女達は倫理的にギリギリのライン(もちろん人によってはNGだとは思うけれど)を守っていたし、テーマはテーマとしてまた違った作品を作り上げていた。

この作品はそうじゃない。酒鬼薔薇事件をベースとして作られた二次創作ファンブックでしかない。

窪美澄自身が本当に言いたい事はそうじゃないのかも知れないけれど、そう取られても不思議ではない作品に仕上がっている。アマゾンのレビューも似たような感想を書いている人が多い。

私はこの作品を出版ルートに乗せた人達の良心を疑う。

図書館で借りた本なので返却するけれど、自分で買っていたら間違いなく廃棄するだろう1冊だった。

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白い木蓮の花の下で
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