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無銭横丁 西村賢太 文藝春秋

久しぶりの西村賢太。初めてこの西村賢太の作品を読んだ時は「大変な人が出てきたものだ」と驚いたものだけど、私小説しか書かない人なので、続けて読むと飽きてくる。

作品は面白いし嫌いになる事はないのだけれど「お腹いっぱい」になってしまうと言うか。しかし少し間を開けて読むと「やっぱり面白いなぁ」と思えるのが不思議だ。

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無銭横丁

デビュー10年、愈々充実の最新短篇集!
田中英光の作に出会い、人生が変わりゆく10代最後の日々。
優れた小説が甦えらしめた少年の日の追憶。
花冷えの夜道を歩いてひとときの幻影を追い、
原稿用紙の束を前に呻吟する――。
私小説への殉情、無頼派の矜持。
平成の無頼派、筆色冴えわたる最新6短篇。

アマゾンより引用

感想

今回は西村賢太が作家になるまでの若かりし頃と、恋人の秋恵と同棲している頃と、作家になってからの話が混在していた。

短篇集になるのか、連作短編なのか微妙な感じ。

西村賢太の書く小説はまるで金太郎飴のように「どこを切っても西村賢太」なのだ。そこが魅力と言えば魅力だし、飽きてしまうと言えなくもない。

作者である西村賢太を投影している主人公の寛多は、見事なほどに「駄目人間」として描かれている。

怠け者だし、飲んだくれだし、いい加減だし。

しかし、そんな寛多にも恋人がいるのだ。人間って本当に不思議だ。寛多よりもずっと上等な人間だからって恋人を得る事が出来るとは限らないし、寛多のような男でもついてきてれる女がいる。

私は恋愛下手だったから、事も無げに恋人を作る人達が不思議で仕方がないのだ。もっとも寛多は長く独り身だったのだけど。

今回最も感心したのは、寛多が3.11の震災について自分の意見を書いている部分。少し抜粋させていただく。

ノンフィクション作家ならイザ知らず、また当人に直接的な被害があったのならイザ知らず、そうでもない限りは、そんなのはたかが小説書き風情のなすべき仕事ではない。少なくとも、寛多のようなゲスの書き手が浮足立つ事柄ではない。

私はこの一文に惚れてしまった。

一応、震災について書いている他の作家さんについては「それはそれでいい。別段否定しない」と前置きしているものの、作家にとってオイシイであろうネタを「書かない」と宣言してしまう男っぷりはどうだ。

西村賢太の作品は「どこもかしこも面白い」とは言い難い。それなのに不思議と、グッっときてしまうのだ。それが彼の魅力なのだと思う。

あと今回は「私がどうして西村賢太に惹かれてしまうのか」について1つ発見があった。

自己満足だと分かっている上で、お金をやりくりして自分の惚れ込んだ作家の全集を買っちゃうところ。

本の好きな人の中には「ああ。それ、私もだ…」と思う人も多いと思う。

いつも通りの西村賢太で、どこを切っても西村賢太。安定感のある1冊だった。

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白い木蓮の花の下で
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