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産んでいるか。産んでいないか。と言う分類。

私は現在49歳。四捨五入すると50歳になるパート主婦だ。今の職場は楽しくて給与以外に不満はないけど、仕事なので小さなトラブルは多々起こる。

職場で私は高齢の部類。仕事を引退した人がやっている送迎ドライバーさんは60代だけど、ドライバーさんを除くと年齢的には上から2番目。後は正社員、非常勤含めて全員年下ばかり。

1番の若者は今年大学を卒業して、アルバイトから正社員になった男性。ここではヤングメンと表記する。

当たり前だけどヤングメンは新人さんなので失敗が多い。さらに言うならイマドキの草食系男子で覇気がない。30代の頃の私だったら「アイツ、何やねん?」と冷たい気持ちになっていたと思う。

だけど49歳の私はヤングメンに対して特に腹が立つこともなく心穏やかに接することができる。

自分とヤングメンの年齢差を考えた時、私が早く出産していたらヤングメンと同じ年の子どもがいても不思議じゃない。自分の子どもだと思えば「まぁ…しゃあないか」みたいな気持ちがこみ上げてくる。

親子ほど年が離れているんだぞ?

自分が立派な社会人になってから彼がこの世に生を受けたのだと思えば、その経験値の差は明らかだし、そもそも親子ほど年の離れた子にカリカリする必要があるか?

最近、仕事以外のことでも年齢差のことを考える時は「産んでいるか。産んでいないか」が私の基準になっている。

「産んでいる」に分類される場合、その人が自分の子どもだと思えばたいてい可愛い。逆に言うと産んでいないグループの人達に対しては普通にカチンときている。

夫にその話をすると「自分より一回り(干支)上とか、10歳単位で考えることはあるけど、その発想は斬新だよな」と言われた。

でも……これって出産経験のある中高年の中女性なら一定数の人達から「分かるわぁ」と賛同戴ける気がする。

ちなみに「産んでいるか。産んでいないか」の上位互換もあって「もしかしたら孫」って分類もある。

何しろ娘を産んだ時10代で妊娠した中学校の同級生は「私は来年、孫が生まれるんだよ。私も出産早かったけど、自分の娘も同じになるとはね~」と笑っていた。

流石に自分の娘と同じ世代の子を「孫」と認識するのは難しいものの、未就学児はもなれば余裕で孫分類できる。ちなみに孫分類される人達への気持ちはこんな感じ。

尊い

尊い

…尊い。ただただ尊い。

尊い存在はそっと遠くから見守るべきなので、街中で見掛けても心の中で「尊い…」と拝むだけにしている。

大阪で乳幼児を見てニヤニヤしている小さいオバサンがいたら、それは私。まずもって幸せそうな表情をしてるいはずなので、そっとしておいて欲しい。

 

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白い木蓮の花の下で
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