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循環の輪の中へ

年末と言うことで本を大量に処分した。

昨年までは、思うところがあって「図書館生活者として生きる」と思っていたので、本の増殖にさほど頭を悩ませることもなかったのだが、今年は「好きな本はどんどん買うべし」と方針を変えたおかげで、大変なことになっていた。一応、片付いてはいたのだけれど、本棚から溢れた本は100円ショップで売っている「文庫本収納ケース」にギッシリつめて、本棚の天井の隙間に積み上げていた。が、最近は地震も多く、安全面から言うと誉められた状態ではないので、積み上げている分だけでも処分しようと作業を開始。

文庫本収納ケースに詰めていた本を開いてみて非常に驚いた。本の題名を見ても、内容の思い出せない本が、やたら滅多に多いのだ。読書録に「面白くなかった」と書いた作品も多く、間違いなく2度と手にすることの無いであろう本の多かったことと言ったら! 今回の大量処分では「題名を見て内容と感想の語れない本」と「ムカついた本」を中心にチョイスする。その数、大きな旅行鞄にギッシリ詰めて3袋。ブック・オフに持って行ったら3000円ほどの値がついた。

そして勢いに乗った私は今まで、手もとに置くことに、こだわりを持っていた児童書類の中でも、比較的、思い入れの薄いものだけ手放すことに。本棚から本を抜き、母が近所の子供達に貰ってもらおうとて声をかける。児童書といっても、使い古しの品物なので、何冊か気に入ったのを持って行ってもらえばいいや……と思っていたのに、子供達はキラキラと瞳を輝かせて、蓋を開けてみると、本棚から外した、ほとんどの本の養子先が決まっていた。

自分が愛した本を嬉しそうに手にとってもらえるのは、光栄なことだ。彼らが、その本を愛してくれるなら、本達もきっと、その方が良いだろう。そして私は気付いたのだ。今、手元においている絵本や児童書の中には、従兄弟や近所のお兄さん・お姉さんからの「お下がり」が多かったのだということを。私もかつては、そんな風にして、本を手にしていたという事実を。

目から鱗がベロベロと剥がれ落ちた瞬間だった。

愚弟にも相談して、どうしても手元においておきたい思い入れのあるもの以外は、児童書だけでなく、今まで「絶対に手放さない」と思っていた絵本も、いっきに放出することにした。本好き達が作る循環の輪の中へ本を戻してやろう……そう思って。大好きな絵本たちと別れるのは淋しいけれど、それらを手にした子供達の中から、未来の本好きが育ってくれたら、こんなに嬉しいことはない。

今年の5月に「捨てない勇気をもつことにした」なんて書いたのが嘘みたいだが、これで良かったのだと、晴々している。

今、私の手元にある本達は、どれもこれも熱く語ることができる、選りすぐりの精鋭達ばかりだ。これからは「自分の目の届く範囲」を超えてしまった本については、定期的に処分したり、人に贈ったりしようと思う。これまでは「手元におく」ことを重視してきたが、これからは本を循環させることを考えたい。自分自身が、古書店で「生涯の友」と出会ったように、私の手離した本が、見知らぬ誰かの「生涯の友」にならないとも限らない。

どうしても出会わなければいけない運命の本なら、きっとどこかで出会うだろうし、たとえ1度、手放したとしても、自分のところに留まっている運命の本なら、いつかきっと巡り巡って私の手元に戻ってくるに違いない。大好きな本を循環の輪の中へ。そして自分もその輪の中で、読書生活を続けていこうと思う。

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本の話
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白い木蓮の花の下で
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