最近、娘の愚痴が止まらない。
原因は来月に控えた英検。公文で英検対策をしているようなのだけど「難しい」「公文の先生が怖い」「宿題が多過ぎる」と、毎日愚痴っぽくてたまらない。
我が家は娘の習い事に関して強制したことはない。
娘は現在、公文の英語と体操を習っていて、通信教育で『ドラゼミ』を受講をしている。どれも娘が「やりたい」と言ってはじめている。さらに言うなら「嫌なら辞めて良し」と言うスタンス。
「そんなに嫌なら辞めたらどうなの? とりあえず英語は中学生レベルなんだから中学校に入っても困ることはないでしょ」と言うと「辞めたら忘れちゃうのはわかってるから」と娘。
「じゃあ、ドラゼミ辞めたら? 別にやったってやらなくたって誰も困らないよ」と言うと「ドラゼミ辞めたら成績下がっちゃう。友達にアホと思われたくないもん」と娘。
我が子ながら面倒臭いことこの上ない。
娘が頑張る理由は外側に対する「見栄」なのだ。体操に関してだけは「好きだから頑張る」と言うスタンスのようだけど、公文とドラゼミに関しては、習い事その物が好きって訳ではなくて「習い事頑張ってる自分と、みんなから褒められるのが好き」でしかない。
頑張るも頑張らないも娘の人生なのだ。グタグタ言わず好き勝手にやって欲しい。
「愚痴を聞くだけの簡単なお仕事」と割り切って、娘の愚痴を聞いてやれば良いのは分かっているのだけれど、あまりグダグダが酷い時はつい「自分で決めたことなんだからグダグダ言わないの。嫌だったら辞めなさい」と切れてしまう事がある。
娘は来月11歳になる。
そろそろ反抗期っぽい感じにはなってきているものの、今のところまだまだ可愛いものだ。もう反抗期への本格参入までカウントダウン状態だと思うのだけど、今から先が思いやられる。
私も夫も反抗期は酷かったタイプ。ヤンキー化するとか悪いことするタイプではなかったけれど、夫は屁理屈ばかり言っていたようだし、私は中二病をこじらせまくっていた。娘はどんな武装で反抗期を渡っていくのだろう?
娘の愚痴が「お母さん」に向いている間は出来るだけ聞いてやるしかないのだろうなぁ。愚痴ってくれなくなったらそれはそれで寂しいだろうし。
愚痴を聞くだけの簡単なお仕事…簡単そうで難しい。