異国でテロリストに誘拐された日本人8人が拘束中、慰みにおこなった朗読会の記録……という形の連作短編集。
人質達は救出作戦が失敗して全員爆死しているという前提。
それぞれの物語は遺書とも遺作ともいえるので、さぞや、おどろおどろしい話かと思いきや、いつもの小川ワールド的物語だった。
人質の朗読会
遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた―慎み深い拍手で始まる朗読会。
祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯人、そして…。人生のささやかな一場面が鮮やかに甦る。
それは絶望ではなく、今日を生きるための物語。しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。
アマゾンより引用
感想
私が熱愛する「毒を含んだ作品」では無かったけれど、どの物語もそれぞれに面白かった。
今回の作品のテーマを勝手につけさせてもらうならズバリ「私だけの宝物」だと思う。
人は誰もが「他人には分からないかもしれないけれど、自分にとっては宝物」という品物や、あるいは経験があると思う。
この短編集はどれもが主人公達の宝物…あるいは、宝物のような経験となっている。
中でも私が気に入ったのは偏屈な老女と高校を卒業したばかりの娘さんの交流を描いた『やまびこビスケット』と、たくさんの人から「死んだおばあさんに似ている」と話しかけられる女性の体験談『死んだおばあさん』の2編。
『やまびこビスケット』は、小川洋子が得意とする「1つの物事に固執する人間」が見事に描かれていて、そこに注がれる視線が温かくて心地よかった。
『死んだおばあさん』は話の面白さもさることながら、短編らしいオチのつけかたが小気味良かった。
人質達8人の話と、もう1人の話を合わせて9つの短編が入っているのだけれど、どれか1つくらいは読む人の心に沿う作品があるんじゃないかと思う。
私は小川洋子の書く長編作品が大好きだけど、実のところ小川洋子はどちらかというと短編向きの作家さんのような気がする。
そしてこの作品は、作者の良さが充分に発揮されていると言っても良い。
地味と言えば地味だし、新しさは無いけれど、手堅く面白い1冊だと思う。