『熟柿』は2026年本屋大賞で2位になった作品。話題になったのは覚えていたし、テーマとしても気になっていたので読んでみた。
巷では大絶賛されているようだけど、実際に読んでみて「なるほどなぁ」と納得した。ただし私個人としては好きなタイプの作品ではない。一応、ハッピーエンドになると思うのだけど、心にモヤモヤした物が残ると言うか納得のいかない部分の多い作品だった。
今回の感想はネタバレ込なのでネタバレNGの方はご遠慮ください。
熟柿
- 激しい雨の夜、かおりは眠る夫を乗せた車で老婆を撥ね、轢き逃げの罪に問われる。服役中、息子・拓を出産する。
- 出所したかおりは拓に会いたい一心で園児連れ去り事件を起こす。その結果、息子との接見を禁じられてしまう。
- 息子に会えなくなったかおりは、追われるように西へ西へと各地を流れてゆき、自らが犯した罪を隠しながら生きていく。
- 平凡だったはずの人生を失い、過去を背負って生き続けるかおり。そんな彼女に、やがて過去にまつわるある秘密が明かされる。
感想
作品の評価と個人的な好き嫌いは必ずしも一致しない。佐藤正午の作品を読むのは初めてかと思っていたけれど、過去に1册読んでいてその時も私は「好きになれなかった」と書いている。もしかすると私は佐藤正午と感性が合わないのかも知れない。
さて。好き嫌いはともかくとして。小説としてよく出来ていると思う。何が素晴らしかったかと言いますとですね。善人が1人もいないんですよ。
まず主人公のかおり。彼女の言い分はいちいちイライラする。そして行動が馬鹿。昭和時代に一斉を風靡した『8時だよ全員集合』のコントを見て「志村~後ろ~」と言いたくなってしまうあの気持ち。かおりは分かりやすくダメな方、ダメな方へと進んでいく。
人生に「タラレバ」は無い。「あの時、ああしていれば」とか「あの選択は間違いではなかったのか?」なんて言ったところで時間は巻き戻せないのだから、そんなことは考えても仕方がない。大事なのは前を見ること……だと思うのだけど、最初から最後までかおりは「タラレバ」に囚われて生きている。
流転の人生の中でかおりは多くの人との出会いと別れを経験するのだけど、登場人物達はほぼ全員卑怯だったり、ズル人間だったり、嘘つきだったりする。例外は久住呂親子と、最後に登場する土居さんくらいのものだ。
そして例外の3人については「この人は天使? 仏様? それとも出来杉君?」みたいな役どころ。
『熟柿』に登場する人間達はどいつもこいつも「こんなヤツおらんやろ~」とツッコミたくなるようなキャラクターなのだけど、彼らのような人間が本当にいることを私は知っている。人間は本質的に卑怯だったり、ズルかったり、嘘つきだったりするものだ。そして善性を備えた久住呂親子だったり、土居さんみたいな人もいる。このあたりの描き方は「上手いなぁ」とつくづく感心した。
いまいち納得できなかったのは親子関係の扱い方。かおりはひき逃げ事故で服役中に獄中出産する訳だけど、出所と同時に離婚を迫られ、産んだだけの息子と別れて暮らすことになる。息子は父親(かおりの元夫)と父親が再婚した女性の元で健やかに成長する。
私も人の子の親なので我が子を育てることができない母の切なさは理解できるものの、それは大人側の意見であって、子どもの意見どうなのだろう? ましてや生さぬ仲の子を若が子同様に育てた継母の気持ちは? 「親が子を想う気持ちは理解できるものの子育ての苦労をせずして母親の権利を主張されてもなぁ…」みたいな気持ちになってしまった。
ラストは良い感じで終わっていてハッピーエンド風に片付いてしまったけれど、読後のモヤモヤ感と言ったら!
私は好きなタイプの作品ではあるけれど小説としてはよく出来ているし「読後もモヤモヤする」くらいには後を引く作品であることに間違いない。刺さる人には刺さると想う。



