宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を観に行ってきた。宮崎駿は映画公開時(2023年7月)時点で82歳。年齢的なことを考えると最後の監督作品になるかも知れない。
宮崎駿と言うと『風の谷のナウシカ』から続くジブリアニメの総元締め…みたいなイメージが強いけれど東映時代の『太陽の王子 ホルスの大冒険』(この時は監督ではなかったけれど)以降、映画だけでなくTVアニメでも『ルパン三世』『アルプスの少女ハイジ毛』『未来少年コナン』などの名作を残している。
正直なところ『君たちはどう生きるは』については「血湧き肉躍る系のアニメではなさそうだから観なくてもいいかな」と言う気持ちもあったのだけど、中高年のアニメヲタクは宮崎駿に育てられたところがあるのでご恩返しのつもりで劇場へ足を運んだ。
『君たちはどう生きるか』は「予告編を出さず内容を伏せることで宣伝効果を狙う」とこのとらしいのでリアルタイムで流れてしまうTwitterでは感想をつぶやかなかったけれどコチラでは大事な展開とネタバレは伏せつつ、ガッツリ感想を書いていきたいと思う。
なお。ちょっと大人目線での感想になるので「宮崎駿、大絶賛」って感じではありません。
君たちはどう生きるか
君たちはどう生きるか | |
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The Boy and the Heron | |
監督 | 宮﨑駿 |
脚本 | 宮﨑駿 |
原作 | 宮﨑駿 |
出演者 | 山時聡真 菅田将暉 柴咲コウ あいみょん 木村佳乃 木村拓哉 風吹ジュン 大竹しのぶ 阿川佐和子 火野正平 小林薫 竹下景子 國村隼 滝沢カレン |
音楽 | 久石譲 |
主題歌 | 米津玄師「地球儀」 |
公開 | 2023年7月14日 |
あらすじ
牧眞人は戦争が始まってから3年後、空襲で実母のヒサコを失う。
軍需工場の経営者である父親のショウイチはヒサコの妹、ナツコと再婚。眞人は母方の実家へ工場とともに疎開する。
疎開先の屋敷には覗き屋のアオサギが住む塔がある洋館が建っていた。不思議に思った眞人は埋め立てられた入り口から入ろうとするが、屋敷に仕えるばあやたちに止められる。
その晩、眞人はナツコから塔は大叔父様によって建てられ、その後大叔父様は塔の中で忽然と姿を消したこと、近くの川の増水時に塔の地下に巨大な迷路があることからナツコの父親(眞人の祖父)によって入り口が埋め立てられのだと教えてらう。
眞人は学校でうまく馴染めず、帰り道で地元の少年らからイジメを受ける。
眞人は少年らから殴る蹴るの暴行を受けた。眞人は道端の石で自分の頭を殴ると、出血を伴う大けがを負う。
自室で寝込んでいる最中、アオサギが眞人の部屋に入り込んできたのをきっかけに襲ってくるアオサギに木刀で立ち向かう。眞人はアオサギから「母君のご遺体を見ていらっしゃらないでしょう。あなたの助けを待っていますぞ。」と話しかけられる。
「死んだはずの母親が待っている?」
半信半疑の眞人だったが、どうしてもアオサギの言葉が忘れられず……
吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』とは別物
最初に書いておくけれど宮崎駿の『君たちはどう生きるか』は吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』とは全く別物だった。
吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』はコペル君と言う14歳の少年が身近に起きるいじめや差別に対して、叔父さんのアドバイスを聞きながら自分で答えを探す成長物語。
私はてっきり宮崎駿の『君たちはどう生きるか』は吉野源三郎の小説のオマージュかと思っていたけど、物語のあらすじどころか主人公さえ違っている。
ただ、作品の中で主人公の眞人は死んだ母が残してくれた吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を読んでいるし、宮崎駿自身が影響を受けた本であることは間違いないと思う。
なので「宮崎駿の『君たちはどう生きるか』を観る前に原作小説を読んでおくかな~」と思うのであれば「読まなくてもいいですよ」とアドバイスしたい。
不思議の国のアリス的な
さて。「吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』と別物だと言うなら、どんな物語なんだい?」って問題について。
手っ取り早く説明するなら『不思議の国のアリス』に近しい異世界ファンタジーって感じ。
制作インタビューなどを読んでいるとジョン・コナリーの児童文学『失われたものたちの本』から影響を受けたようだけど、私はこの作品を読んでいないので何とも言い難い。
純粋に物語の筋書きを楽しむタイプではなくて、アレコレ意味を推察したり突っ込んだりするタイプの作品だった。なので子どもが楽しめるアニメーションではなく、大人向けのアニメーションだと思う。
もちろんジブリお得意のドタバタ表現などもあるので、子どもでも観れなくもないとは思うのだけど、宮崎駿が今まで作ってきた作品とは方向性が違ってる。
安定の映像美
分かっちゃいたけど流石はジブリ。流石は宮崎駿と言う感じで映像美の素晴らしさは「お流石ですね」と安定のクオリティだった。
最近はディズニー&ピクサーのアニメーションを筆頭に手描きタイプのアニメーションではなく3DちっくなCGアニメが主流になっているけれど、手描きアニメーションの美しさと個性を「これでもか」と言うほどに見せつけてくれた。
なんと言うのかな。「凄い!」って意味だけではCGアニメの方が目を引く部分が多いのだけど「味わい」という意味では昔ながらのアニメーションの勝ちだと思う。
特にジブリが得意とする自然の描写(緑・光・水)は素晴らしいなぁ…と改めて思った。だけど、正直自然の描写については「まぁ最近は京都アニメーション等も凄いし1人勝ち感は無いよね」と思ったのも本当のことだ。
もはやジブリはアニメ界の王者ではない。
日本のアニメーションは進化したのだ。そしてその進化を牽引したのがジブリや宮崎駿であることは間違いない。
ただ「集団を描く」とか「群舞の表現」ってところはジブリのお家芸って感じで最高だった。集団でありながら1つ1つのキャラが立っている…なんて芸当はCGでは表現できないと思う。
死んでも声優を使わないと言う強い意志
宮崎駿のアニメ映画と言うと人気俳優を使うことで知られているけれど、今回も本職の声優は起用されなかった。キャストはこんな感じ。
- 牧眞人 山時聡真
- 眞人の父(ショウイチ) 木村拓哉
- 久子・夏子 木村佳乃
- アオサギ・サギ男 菅田将暉
- ヒミ・若き日の久子 あいみょん
- キリコ 柴咲コウ
- 老いたペリカン 小林薫
- 異世界の殿様・大叔父 火野正平
- インコの王様 國村隼
- 老婆 大竹しのぶ
- 老婆 竹下景子
- 老婆 滝沢カレン
- 老婆 阿川佐和子
- 老婆 風吹ジュン
声の演技が達者な俳優も多いし出演者に恨みはないけど「やっぱり棒だよね」と思ってしまった。特に木村佳乃、柴咲コウ、あいみょんは下手くそで声優の方が良かったのではないかと思う。
宮崎駿は声優の「作った演技」が嫌いなのだそうだけど、初期の宮崎アニメでは声優が使われていたのになぁ。
ナウシカもシータも島本須美でなければいけなかったし、パズーは田中真弓しか考えられない。当時の可愛い女優やイケメンがナウシカやシータやパズーを演じて成功したとは思えないんだけど。
「兵隊さんは死んでもラッパを離しませんでした」ではないけれけど「駿さんは死んでも声優を使いませんでした」くらいの強い意志を感じた。
個人的には俳優じゃなくてプロの声優を起用して欲しい派なのだけど、世の中の創作物は全て神(制作者)の御心のままに作られるので、受け手は与えられたものを享受するしかないのだ。なので、こればかりは仕方がない。
惜しげもなく性癖を披露
こういう書き方は汚らしい感じがするけれど、昔から宮崎駿はロリコンだと言われている。ここで言うロリコンとは性犯罪云々をするとかそう意味じゃなくて「少女に劣情を駆り立てられてしまう人」って意味。
これについては私も同意。宮崎駿作品の中には大人の女性も登場するけれど、人々の心をガッツリ持っていくのは全員10代の少女。
宮崎駿ロリコン説と共に言われるのが宮崎駿マザコン説。こちらも納得のいくところで、宮崎駿の描く「母親像」は完璧な美しさと優しさを備えている。母性とエロスの両方を持ち、しかも「まあまあ若い」ってところは子どもの頃に母を亡くした彼自身が見た母の像に近いのかな…って気がする。
『君たちはどう生きるか』については、ヒロインポジションのヒミは主人公の母の若い頃…と言う、宮崎駿が好きそうな設定。
業の深いヲタク達の間で「宮崎駿はロリコンのマザコン」と長年言われていたけれど、ここへきてロリコンのマザコンを併せ持つキャラの爆誕とか!
赤いふわふわのワンピースに白いエプロン姿のヒミは宮崎アニメ史上でも可愛い度が高く、久子&夏子はお金持ちで品の良い女性って設定。宮崎駿の好きな物が全部詰め込んであって最高過ぎだった。
「宮崎駿はこのアニメ作ってて楽しかっただろうなぁ」と思わず遠い目になってしまった。
宮崎駿が『君たちはどう生きるか』の中で教えてくれたこと
日本中の子ども達が夢中になるアニメーションを世の中に送り出してくれた宮崎駿。彼が私達に教えてくれたことは沢山ある。
『風の谷のナウシカ』や『平成狸合戦ぽんぽこ』では環境破壊を考えさせてくれた。『天空の城ラピュタ』では冒険の素晴らしさを『となりのトトロ』では日本の素晴らしい風景を改めて教えてくれた。
そして今回『君たちはどう生きるか』では「自分が本当にやりたい事をやるためには力を持て」と言うことを教えてくれた。
『君たちはどう生きるか』はかつて宮崎駿が描いてきた「子どものためのアニメーション」ではない。宮崎駿が本当にやりたかった事をてんこ盛りに詰め込んだ宮崎駿集大成のアニメーションだ。
言っちゃあなんだけど、そんなに面白くなかったよ(小声)
イーロン・マスクは大金でもって大好きなTwitterを手に入れて自分の好きなように改革した。宮崎駿はアニメ界の重鎮であるという力でもって自分の好きな物を好きなように表現するアニメーションを作った。
往年の名作ドラマ『踊る大捜査線』の中で「青島、正しいことをしたければ偉くなれ!」って台詞があったけれど、本当にやりたい事をやり通したり自分のしたい事をしたいと思うなら、上に立たなければいけないのだ。宮崎駿は82歳にして私達に大切なことを教えてくれた。
自分のやりたい事をやるなら偉くなれ!
それはそれとして。私は「劇場に足を運んで映画を観る」と言う形で長年お世話になった宮崎駿にちょっぴり恩返しが出来た気がして満足している。
今まで素晴らしいアニメーションを残してくれてた宮崎駿に改めて感謝の意を表したい。