日本語で書かれた作品と翻訳物を較べると、正直なところ翻訳物は少し苦手だったりする。
言葉の言い回しがピンとこなかったり、あるいはその国の風俗や常識を知らなかったりすると、作品を味わい尽くすのが難しいからだ。
パール・バックの『大地』はは苦手な翻訳物の中で、いっとう気に入っている。
苦手意識を凌駕するほど面白いからか、それとも中国に住む中国人の一族が主役になっているのに、作者は中国人ではないので、微妙な表現が外国人に分かりやすくなっているからか、そのあたりの事はいまだ謎だ。
文庫本4冊に渡る長編で、久しぶりに再読してみた。
大地(1)
- 十九世紀から二十世紀にかけて、古い中国が新しい国家へ生れ変ろうとする激動の時代に、大地に生きた王家三代にわたる人々の年代記。
- 1代目の王龍を中心にした物語。
感想
中国に住む王(ワン)家の人々を描いた年代記。物語は19世紀後半から、20世紀前半に渡る。
途中、文化大革命等、中国の歴史を齧っていないと分かりにくい部分もあるけれど大河ドラマを観ている面白さでもって、いっきに読み勧めることが出来る。
長い物語の中で、私がもっとも気に入っているのはこの1冊。
単純な出世物語として読んでも十二分に面白いと思う。そして、何よりも庶民出身の主人公、王龍に気持ちを沿わせやすいという点がのめり込む理由だと思う。
ちなみに、物語がすすんで世代が変わると、貧乏人の物語ではなく、ブルジョアな人々の物語へと変わっていく。
主人公、王龍の魅力は「素朴さ・誠実さ・真面目さ」にあると思う。
昔の日本人の道徳に通じるものがあるのだ。善良で働き者という、この単純なキャラクターは、以後登場するどの人物よりも力強い。私はこの中国人の強さに何度も感嘆させられた。
王龍と並んで興味深いのは、王龍の妻の阿蘭だろう。
彼女はとある富豪の奴隷だったが王龍の妻となり、王龍の子を産んで妻としての立場を作り上げていく。美人ではないが聡明で働き者。そして抜け目無くしたたかな女性である。
栄華を極めていく王龍とは対照的に、富豪の妻となってもなお安らぎを得られないというところが切なくてたまらない。
これは中国に限った話ではないのだけれど、女性の地位が低かった頃、女性はこうまで酷い扱いを受けていたのかと思うと、何度読んでも泣けてしまうのだ。
もっともこの作品には様々な女性が登場していて、美貌だけで夫の愛を勝ち得る女性も登場するので、一概に阿蘭の悲劇を「女性の立場が低かったゆえに」と言い切ることは出来ないのだけど。
中国に生きた貧しい農民の力強さに励まされる1冊である。