私は幼児期に祖母と一緒に時代を見て育った時代劇劇育ちなもので「島抜け」という言葉を聞いただけでドキドキしてしまった。
実質上は「脱走」ということなのだが、世間から隔絶された場所からの逃避感は「脱走」よりも「島抜け」の方が一歩リードしているように思う。
しかも時代なんだもの。動力のある乗り物のない時代に、それをするとなると、もう、それだけで大変な話というのは簡単に想像できるわけで。
島抜け
- 主人公は講釈師で読んだ講釈が幕府の逆鱗に触れ、種子島流刑とされる。
- 島での生活にに絶望した主人公は、流人仲間と脱島を決行する。
- 丸木舟で大海を漂流すること十五日、瑞龍ら四人が流れついた先は何と中国だった。
- 苦難の果て、島抜けは見事に成功したかに思えたが…
感想
時代物ではあったが、あまり時代掛かっていなくて面白かった。
主人公は初老の講釈師で、お上の意に沿わぬ講釈をした罪で島流しとなる。なんとなく、ホッとしてしまった。主人公がチンピラや、凶悪犯だったら感情移入できないところだった。
作り物の世界と言っても、やはり犯罪には同調できない。
主人公は「島」で色々なことを考え、そして焦る。その焦りは「島送り」にあった人間の特殊な焦りのようにも思えるが、じつは、誰もが感じる焦りのようにも思えた。
主人公の焦りは、私自身も感じているものなので妙に納得してしまった。
「ただ生きているだけ」で死んでいくだろう自分が嫌でたまらない。……てな類の焦り。人は「生きる」だけでなく「生きている実感」が欲しいのだ思う。
主人公は仲間と共に島抜けを決行するのだが、とても頭の良い男なのでグループ内のリーダー的な存在になってゆく。
思えば吉村昭の書く作品の主人公は「頭の良い男」であることが多い。
私は、ここ何年か吉村昭の作品を注目しているのだけれども、もしかしたら私は「頭の良い主人公」が好きなのかも知れない。
冷静な状況分析、自己分析を第三者の目で追っていく作業は華やかさこそないが、かなり面白い体験なのだ。
物語自体は、吉村昭の達者な構成と筆運びで、サクサクと読むことができた。短い作品だったので、表題作以外に2作品が収録されていたのだが、これも淡々としていて、良い作品だった。
余談だが、吉村昭は最近、大黒屋光太夫を描いた小説を出版したらしい。
脱走。島抜け。吉村昭は漂流……よほど、このテの話が好きなのだろうか。また新作も読んでしまうだろうなぁ……と思った1冊だった。