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春になったら苺を摘みに 梨木香歩 新潮文庫

梨木香歩の作品は今のところ『西の魔女が死んだ』しか感想を書けていないのだけど、まぁそこそこに読んでいて、毎度のように「この人の書くものって、外国の少女小説の匂いがするなぁ」と思っていた。

今回、このエッセイ『春になったら苺を摘みに』を読んでその謎が解けた。

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春になったら苺を摘みに

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「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。

「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。

ウェスト夫人の強靱な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける――

アマゾンより引用

感想

梨木香歩は海外生活の経験があっのだ。しかもイギリス。クエーカー教徒の御宅で。

現代的な……というよりも、むしろ「古き良きイギリスの家庭」ってところが大きなポイント。

私がかつて少女だった頃、外国の少女小説を読むたびにキリスト教系の年中行事や、その考えに頭を悩ませたり、「クエーカー教徒」って言葉を見つけて「なんだこりゃ?」と思ったりた事がある。

それがこのエッセイを読んでみて「なるほど、あれはそう言う意味だったのか」とて、今さらながらの発見があった。

私自身は、彼らのような杓子定規な生き方に、ちょっぴり憧れてしまう部分があったりする。

つつましく誠実に生きるって、素敵だなぁ……みたいな。

だけど、やっぱり窮屈な感じがあるのも事実。「余白の部分」が無いって言うのかなぁ。とても正しいことだし、間違ってないと思うのに、なんか…こぅ…違和感があると言うか。

梨木香歩自身も「宗教」というものに興味を抱き、それを学び、憧れながらも、結局のところはそこへ入っていけはなかったようだ。

宗教教育には幼い頃からの「すりこみ」が重要なんじゃないかと思う。

たとえば、日本だと「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれますよ」というような、小さな積み重ねがあってこそではないかと。

「知識を得る」と言う意味で、ほどほどに面白いエッセイ集だった。

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白い木蓮の花の下で
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