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お誕生日カード。

10月は大切な人のお誕生日が集結している。

10月生まれの大切な人、筆頭は娘。実母も10月生まれだし、友人にも3人ばかり10月生まれの人がいる。

私はお誕生日は大切にしたい派。

家族ならささやかでもお祝いしたいし、友人ならカードを贈るか、そうでなければメールの1つでも贈りたいと思っている。

夫は「白蓮さんはマメだねぇ。よく覚えていられるなぁ」と感心してくれるけど、実はこれにはカラクリがある。

私は学習障害を本気で疑うレベルで数字に弱い。子どもの頃から算数は大の苦手だったし、暗算が出来ないので計算機が手放せない。

結婚する時も夫の年齢を間違えて認識していたし、実のところ友人の年齢もほとんど知らない。

同じ年の友人以外はザックリとしたもので「あまり年の変わらない友人」「10歳くらい年上の友人」と「物凄く年上の友人」「年下の友人」としか覚えておらず、当然ながら誕生日なんて覚えられる訳がない。

本当に申し訳ないのだけれど、誕生日については夫と娘、それに同じ誕生日の友人と弟以外の人は、誕生月までしか覚えておらず、パソコンとスマホに登録しているからどうにかお祝い出来ているに過ぎない。

パソコンとスマホが同時に壊れたしたら友人達に「ごめん。誕生日いつだったっけ?」と聞くと思う。

ちなみに。パソコンとかスマホが今ほど便利ではなかっ時代は手帳を買ったら何よりも先に友人達の誕生日を書き込んでいた。

私が誰かの誕生日をちゃんと祝おうと思い始めたのは、長く付き合っている友人のFに影響されてのこと。

Fは目の粗いザルみたいに大雑把な性格なのに、妙なところで気が利く人間なで、例えば誰かの誕生日近くに一緒に食事に行ったら「そう言えば誕生日近いよね? 今日はお祝いってことで私が払うよ」と言ってみたり、旅行先で素敵な物を見つけてきて「これ旅行行った時に良かったから買ってきた。誕生日プレゼントってことで」と、サラッと特別なお土産を手渡したりするのだ。

私も何度となくFにサラッと祝ってもらった事があり「お誕生日を祝ってもらうのって嬉しいものだな」と学習し「これからは出来るだけ周囲の人のお誕生日を祝うことにする」と志を立ててから今までずっと実行している。

今月は誕生日カードを3枚書きながら「そう言えば長いこと会ってないなぁ…」と、友人に会いたくなってしまった。

独身の頃のように気楽に会えなくなっちゃってるのが残念でならない。

そう言えば今年は「久しぶり」の友人に合う機会があったのだけど、よくよく考えてみれば10年ぶりだった。気楽に会える距離だったら「ちょっとお茶しようよ」とか「ご飯食べに来ない?」と誘いたいのになぁ…と、つくづく残念でならない。

もっとも近くに住んでいたとしても頻繁に会えるかどうかは怪しいものだ。皆それぞに歳を重ね、身軽に動けなくなっている人が多いのだもの。

今年のお誕生日カードはこれで書き納め。11月、12月にもそれぞれお祝いしたい人いるけれど、毎年メールなので今年もメールで済ませるつもり。

お誕生日カードを贈ったり、メールしたりする友人達も「いい年」と言われる年代になってしまった。出来るだけ長く共に年を重ねていけたら良いのにな…としみじみ思う。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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