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食べるに困らない星の下。

理由は分からないけれど我が家には食べ物が集まってくる。しかも大量に。

私は年がら年中ご近所におすそ分けをして歩いている気がする。田舎で第一次産業に従事していたら「そんなの当たり前」かも知れないけれど、住宅地に住んでいてご近所の方も勤め人がほんどだ。それなのに不思議と戴き物が多い。

まずFが季節ごとに「野菜の収穫においでよ」に呼んでくれると、それこそ1度に食べきれないほど野菜を戴く。

また、ご近所で定年退職後に家庭菜園をしている人がいて、ここでも何だかんだと野菜を戴く。

ご近所には魚釣りが趣味で、何だかんだと釣った魚をおすそ分けしてくれる人もいる。そして遠方から何某か送ってくれる友人もいる。

さらに親しくしているママ友のご主人が食品関係の会社にお勤めで、自分ちで戴き物を捌けなくなってくると「おすそ分け」にしては多過ぎる量の食べ物を持ってきて「白蓮さんちで食べきれないのは分かってるけど、どうにかして~」と置いていく。それは「ブロッコリーをダンボールに一箱」とか「水茄子50個」とかをご近所に配り歩くレベル。

先日も叔父から伊予柑が10キロ届いた。さらに実家にも同じ物が届いたののだけど、実家では消費出来ないしご近所にも配りきれないと言うので5キロほど貰ってきた。

我が家は伊予柑が大好きだけど、流石に15キロの伊予柑を家族3人で食べる事は出来ないので、ご近所にせっせて配り歩いてきた。

ふと思い返してみると。実家にいた頃、父の事でお金が無さ過ぎて大変だった時は弟の友達で食品会社に努めている子がいて「これ賞味期限ヤバイヤツだから」とウィンナーやハムをキロ単位で持ってきてくれて、それを冷凍して食い繋いでいた事がある。あれは物凄く助かった。

さらに記憶を遡っていくと、これは以前にも日記に書いた事があるけれど、私が小学生で比較的豊かに暮らしていた時のこと。

環状線の駅の構内におにぎり屋さんがあり、母が公衆電話をしている時に弟と2人でいたらおにぎり屋さんのオバサンが出てきて「これ、あげる」と売り物のおにぎりを貰った事がある。

その時は決してみすぼらしい格好をしていた訳ではなかった。おにぎり屋さんのオバサンはどうして、おにぎりをくれたのだろう? その理由は謎に包ままだ。

我が家は食べ物に関してだけ言うなら世帯年収に見合わない贅沢をしていると思う。

不思議と…食べ物が集まってくるのだ。そしておすそ分けして歩いた食べ物は、また別の食べ物になって帰ってくる。

私自身、食べる事が好きだから、食べ物が集まってくるのか、それとも食べ物が集まってくるから食べる事が好きになったのか。「卵が先か鶏が先か」ではないけれど、理由は分からない。

私は食べるに困らない星の下に生まれてきたのだと思う。

これは私自身が努力して得た物ではない。「食べ物に関して、こんなイージーモードで生きてて良いの?」とさえ思う。本当にありがたい事だ。

そんな星の下に生まれてきた事を感謝して生きていこうと思う。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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