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深い河 遠藤周作 講談社文庫

「好きな作家の名前は?」と問われたら、私は1番に遠藤周作の名前をあげる。

遠藤周作は、言わずとしれたキリスト教作家の大御所で「日本人的キリスト教」あるいは「遠藤周作的キリスト教」をモチーフにして多くの作品を生み出してきた作家さんだ。

この作品は遠藤周作が書いた最後の長編小説。

遠藤周作自身「これが最後」だと思って執筆していたらしい。

「遠藤周作ワールド大放出」といったノリでもって、それまで彼が書いた人物が、あちこちに登場(この手法は漫画家の手塚治虫が好んで使っている)している。

『ウォーリーを探せ』のように、あちこちに見知った顔が並んでいた。

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深い河

こんな内容

愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向かう人々。

自らの生きてきた時間をふり仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりにたたずむとき、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。

人と人のふれ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる

アマゾンより引用

感想

深い愛を持ちながら、しかし自己を表現する能力の低い不器用な人間。美しく聡明でありながら、人としての自信を持てない人間。凡庸な生き方の中で、闇夜を彷徨うように「なにか」を探している人間。

遠藤周作の描いた人間達は、誰もが心弱く、そして醜い。ただ、その弱さは醜さは「醜悪」という類のものではない。

彼らの弱さや醜さは、うっすらと哀しみのベールで覆われているので痛々しいながらも受け入れることができるのだと思う。

様々な「想い」を抱えた日本人達が、インドへ旅をする。旅の目的地はガンジス川。

旅の目的は……人それぞれであり旅の結末も、それぞれ違った形のところに到達する。

日本人とキリスト教(作者に言わせると自分自身とキリスト教)という形を追求していた遠藤周作が、最後の小説に選んだ舞台がインドであったのは、とても自然な成り行きだと思われる。

ガンジス川で遠藤周作と読者を待っていたのは仏陀でもなく、ヒンズーの神でもなく、哀しい目をしたイエスだったのだと思う。

奇跡を起こすでもなく、罪人に罰を与えるでもなく、ただ「そばにいる」だけの「一緒に泣いてくれる」だけのイエス。

私はクリスチャンでもなんでもないが遠藤周作の書くイエス像と、その世界観には惚れこんでいる。

「愛」とか「許し」とか、そういうことがテーマになっているからだと思う。

あらためて感想を文章化してみると、我ながらその薄っぺらさに呆れてしまう。

作品自体は、とても深いものが秘められているので「本屋の手先」ではないが、多くの人に読んでもらいたいと思う1冊である。

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