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子ども面倒くさい宿題をしなければならない理由。

「暑い」「しんどい」と愚痴を言いつつ8月突入。

娘の夏休みの宿題も日記と、毎日しなければならないタイプの物を残して、どうにかこうにか仕上げる事が出来た。今年の夏休みの宿題はそれまでよりも自主的にやってくれたので私としては楽だった。

苦手な読書感想文もサクッ仕上げてくれて手直しもしなかったし、工作と自由研究もアドバイスだの、間違い探しだのをする以外は手を貸すこともなく、1人で黙々と取り組んでくれた。

娘が今年、自由研究のテーマに選んだのはチーズ作り。

カッテージチーズとリコッタチーズを作って、模造紙にまとめた。チーズを作る事自体は楽しんでやっていたけれど、問題は作り方などを模造紙にまとめる作業。鉛筆で下書きして、ペンでなぞって、写真を貼って……と、こちらの作業は昨年よりもスムーズだったものの、四苦八苦して仕上げていた。

娘としては自信満々で仕書き上げた自由研究だったけれど、私がチェックしてみると訂正か箇所がいくつかあり「そうは言っても最初から書き直すのはキツイよね」ってことで、修正テープを貼って修正させた。

仕上がった自由研究を見た娘は「自由研究をするのは楽しいけど、まとめるのは面倒くさいよね。どうして、こんな面白くない事しなきゃいけないんだろう」とブツクサ文句を言っていた。

娘の意見には同意する。工作にしても自由研究にしても楽しいパートはほんの少し。1つの物を仕上げるとなると楽しくない作業の方がはるかに多いのだ。

娘の気持ちは分かるものの「面倒くさい作業」と言うのは小学生の宿題特有のものではない。大人になって働くようになれば、それこそ面倒くさいことの連続なのだ。

私は今まで「自由研究なんて親の協力がないと出来ない宿題なんて勘弁して欲しいわ」と思っていたけれど、子ども達が自由研究に取り組むのって、長い目で見たら良い経験なのかな…と言う気がしてきた。

娘には「確かに面倒くさいし、面白くないよね。だけどこの経験は大人になった時に役立つよ」と前置きして、娘が将来なりたいと夢みていてるデザイナーの仕事になぞらえて説明してみた。

デザイナーの仕事って、娘が自由帳に描いている「私の考えた可愛い服」を描く仕事ではない。

むしろ、その部分はほんの一部で、手直ししたりする事の方が多いと思う。

せっかくデザインを提出してもクライアントから「あ~。そのスカート丈、イメージと違うんですよ。気持ち短くしてもらえます?」とか言われちゃったりして、手直しをしたり、デザインしたものを実際に作ってみたら「コレジャナイ」な物が出来てしまって最初からやり直し…とか、面倒くさいこの連続だと思う。

だけど物を作る仕事って「面倒くさい」を惜しんでいたら決して良い物は出来ないのだ。

デスクワークに就いたとしても面倒くさいの連続だ。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)だのダブルチェックだの。

ひとたびデータ上にミスが発見されてしまったら、気が遠くなるような数のデータを人間の目で見て読み合わせ……なんて事も、ある訳で、パソコン万能の時代になっても効率化する事の出来ない分野は少なくない。

宿題って冷静に見て「それ、意味あるの?」と疑問に思うような理不尽な作業があったりするし、子どもの力だけでは出来ない物も少なくない。

しかし社会に出て働くようになれば理不尽な事や自分の力では出来ない指示が飛んでくる…なんて日常的にある訳で、そう思えば面倒くさい宿題もちゃんと取り組んでおくべきなのかな…と思ったりした。

ともかく、娘の夏休みの宿題が片付いて私もホッっした。あとは自分のペースでのんびり過ごしもらえばいいかな…と思う。

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