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不安を煽っていくスタイル。

熊本の震災以降、新興宗教の人達の突撃回数が激増している。

宗教自体は否定しないけれど私は新興宗教団体ってのが大嫌いだ。どんなに素晴らしい教義だったとしても、人の不幸につけ込んでの布教活動は詐欺と何ら変わらない。善意を全面に出してくるあたり、詐欺よりも性質が悪いとも言える。

地域柄もあるかも知れないけれど、もともと私の住んでいる地域は「戸別訪問」を重んじる団体がひしめいている気がする。

メジャーなところだとエホバの証人。朝起き会だの他にも色々。沢山あり過ぎて、どれがどれだか分からないし分かりたくもない感じ。

厄介なのは彼らも地域住民には違いなく、顔見知りだったり知り合いだったりする事もある。決して迎合はないけれど、邪険に扱う事も出来ないのが辛いところだ。

熊本の震災以降、三浦綾子の『泥流地帯』と『続 泥流地帯』を再読している。

「人はどうして辛い目に合うのか」「真面目に生きているのに報われないのはどうしてなのか」と言うテーマで描かれた作品で、自分自身辛い事があった時や、大きな災害が起こった時に再読したくなる作品だ。

三浦綾子はクリスチャンで宗教色の濃い作品ばかり書いているけれど『泥流地帯』と『続 泥流地帯』の中で「人はどうして辛い目に合うのか」と言う問に対する答えは出していない。

登場人物に「それでも俺は真面目に生きる」と言わせるにとどめている。

災害が起こった後に突撃してくる新興宗教の人を見ると本当に腹が立つ。

彼らは良かれと思ってしているのだろうけれど、不安を煽っていくスタイルは絶対に受け入れる事は出来ない。人の弱みにつけ込むような事をするのではなくて、被災地に行って炊き出しでもした方がずっと好感度が上がるだろうに。

相手にする気もないので、毎度丁寧に対応してお引き取り戴いているけれど、腹立たしくて仕方がない。

何か大変な事が起こると人間の良い面もよく見えると同時に嫌な面も浮き彫りになる。人の不安を煽って歩いている新興宗教の人達は、宗教云々以前に人として恥ずかしい人達だと思う。

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日記
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白い木蓮の花の下で
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