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認知症事故賠償訴訟について思うこと。

昨日、認知症事故賠償訴訟での判決を知って他人事ながらホッとした。

愛知県大府市で認知症の男性(当時91歳)が1人で外出して列車にはねられ死亡した事故を巡り、JR東海が家族に約720万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は1日、男性の家族に賠償を命じた2審判決を破棄し、JR東海側の請求を棄却した。家族側の逆転勝訴が確定した。

この事件については色々な意見があると思うのだけど、徘徊する親の世話をした事のある身としては他人事とは思えず、ずっと気になっていたのだ。

私の父は50代で亡くなったのだけど、肝臓病から脳の障害を併発して認知症と似たような症状に陥った。

当時、父の様子がおかしいと感じた私達家族は父から運転免許証は取り上げた。

車が運転出来なくなった父は徘徊するようになったのだけど「家が分からなくなった」と迎えに行った事もあるし、父から電話をもらって行ったみた先は、ハイキングで行くような山の中腹だった…なんて事もある。

大晦日の晩にテレビを観ていたのに突然立ち上がって徘徊をはじめた父の後ろを探偵ドラマさながらに尾行追跡したこともある。

「徘徊する人がやらかした事は家族が責任を取るべき」と言うのは一部同意するけれど、正直言って家族の徘徊を完璧にカバーするのは不可能だ。

彼らは想像を越える動きをするし、驚くほどエネルギッシュ。父の場合、体の方が先に駄目になったので徘徊のお付き合いは短期間で終わったけれど、あの状態が延々と続いていたら、父も何らかの形で他人に迷惑をかけていたかも知れない。

「家族が責任を取らないでもいいとなると誰が責任を取るの?」と言われると、良い答えが見つからないのだけど、少なくとも徘徊老人を介護していた人達に賠償金を出せと言うのは酷だと思う。

日本はまだまだ介護制度が整っているとは言えず、最近は介護政策自体「出来るだけ自宅介護で行こうぜ」な方向で、自宅介護をする人が多いように思う。

介護は育児と違って「自分には関係ない」と思っていても、逃れる事が出来ないのだ。いつか親や連れ合いの介護をする事になるかも知れないし、自分自身が介護される側になるかも知れない。

嫌な話だけれどこの類の事故は今後も起こり得るだろう。それだけに今回の判決は良かったと思う。

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白い木蓮の花の下で
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