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母を捨てる 菅野久美子 プレジデント社

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やたら前のめりな題名に惹かれて手に取った。「毒親」とか「親ガチャ」と言う言葉が日本に定着してどれくらい経つのか分からないけれど、人間の世界は平等ではないので生まれ落ちた環境によって後の幸福度は大きく変わる。特に「どんな親のもとに生まれるのか?」については最重要事項。

毒親と言っても色々あるけれど作者の母の場合は暴力からはじまって過干渉と教育虐待メインで…って感じだった。

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母を捨てる

ザックリとこんな内容
  • 作者は幼い頃から母親の激しい虐待や教育熱による過度な期待に晒され、浴槽に顔を押し付けられるなど命の危険すら感じさせる日々を過ごしていた
  • いじめや孤立、引きこもり、家庭内の機能不全と向き合いながら、作者は母の承認を得ようと作文や投稿に励むが自分の価値を母の評価に求める強迫観念苛まれる。
  • 父との関係や家族の不在、無理心中未遂などの出来事を経て、ノンフィクション作家となった作者は孤独死や生きづらさの現場を取材する中、長年の葛藤を経て、著者は母との関係を断ち切る決断に至る。

感想

母親として娘として考えさせられることが多過ぎる作品だった。

作者が受けた様々な虐待はあまりにも酷いものだったし、母親目線で読むと作者に虐待を続けていた母親が理解出来なさ過ぎたし腹立たしいことこの上なかった。本当に意味が分からない。

そして毒親系の作品を読んでいつも思うのは「父親はどうしたんだよ。父親は?」って話。子育て云々の話ってすべてが「母親」にかかってくるけど、子どもってのは1人で産むことはできない。母親がクズなのは当然としても父親だって等しくクズだと思う。

「虐待は許されない」ってことを伝える本は数々あるけれど『母を捨てる』はそこに留まらず「その先」まで続いているのが良かった。作者は成人してからノンフィクションライターとなり、孤独死等の取材を通じて家族や人間の幸せについて考えるようになり、最終的に「母を捨てる」というところまで行き着いている。

「母を捨てる」と言っても日本では法律的に親子の縁が切れる訳ではない。「親の面倒をみない」という選択と、その選択をするためのシステムを作る…って話だ。作者は「家族代行業」を手掛けるようになっていった。

人間は誰でも老いていく。人によっては介護が必要だったり施設に入ることになったり。そうなると手続きが必要だし、さらな言うと死んだら死んだで葬儀だの遺骨をどうるか…等の問題が発生する。その面倒な手続きを子どもがするのではなく外注しましょうよ…って話。

家族代行業を「とんでもないことだ」って感じる人もいるだろうけど、私は「いいね!」と思ってしまった。私自身は私の親についても夫の親(義母)についても看取る覚悟を決めているけど、毒親に育てられた人達は放棄しちゃって良いと思う。

人は誰もが幸せなる権利を持っていると思う。人生のスタートを「毒親」に支配されて苦しい思いをした人達には幸せになって欲しいと思うし、そんな親の面倒なんて見なくても良いと思う。

なんだかまとまりの無いとっ散らかった感想になってしまったけれど、凄まじく考えさせられる作品だった。

ザックリとこんな内容
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