数年ぶりに再読してみた。
『有田川』は和歌山県で、明治から昭和を生きた女の年代記。
有吉佐和子は女の年代記的な作品をいくつか書いているのだが、この作品のヒロインは、他の作品のヒロイン達とは一線を画する。
頭が良くて美しい良妻賢母型のヒロインが多い中で、この作品のヒロインである千代は野性味溢れるヒロインで、決して頭が悪いとかそういう訳では無いけれど、美貌に恵まれない男勝りな女性なのだ。
有田川
私は川上のどことも知れぬところで誰とも知れぬ親に産んでもらった――けれども人間はいずれ生れて川に流されるものではないのか。
どんな人でも多かれ少なかれ水に流されながら生きて行くのではないのか――。
有田川の氾濫のたびに出自を失いながら、流れ着いた先で新たな生を掴み取る紀州女、千代の数奇な生涯。
アマゾンより引用
感想
『有田川』のヒロインは美貌の女性ではないけれど、物語のドラマティック度は他の追随を許さない。
千代は地主の娘として育てられるのだが、実は夫婦の実子では無かったり、有田川の氾濫により、川に流されて奇跡的に助かり、とある地主の下女として再出発したり。
NHK朝の連続テレビ小説なんかで映像化したら、さぞ面白いだろうと思うほど、ドラマ性に飛んでいる。
しかし、この作品で光っているのは物語のドラマティックさではなく、ヒロイン千代の魅力だと思う。
千代は色が黒くて器量はイマイチ。蜜柑山で男のように働く女。サッパリとして男勝りな気性かと思えば、やけに思慮深いところがあったりして、ついつい応援したくなる。
現実にこんな女性がいたら、その良さを理解してくれる男性と巡りあうのは難しいだろうと思うのだけど、ちゃんと彼女を愛してくれる男性が登場するのも好ましい限り。
恐らく「女に好かれるヒロイン」だと思う。男性の目から見たら、いささか可愛げの無い女かも知れない。
題名の通り、物語の中心にはいつも「有田川」があるのだが、有田川の流れる和歌山県の有田地方は温州蜜柑の生産地で、この作品は「蜜柑」を中心に回っていると言っても過言ではない。
蜜柑栽培の名人から、口伝えで蜜柑の育て方を覚えていくところから始まって、現代的な農法がメインになってゆき、最後には蜜柑の缶詰工場が登場する。
蜜柑の変遷と、ヒロイン千代の成長と加齢による衰退が、上手くリンクしているあたりは、流石の面白さだ。
この作品を読み終えると、私はいつも蜜柑か、もしくは蜜柑の缶詰が食べたくなるのだ。
作品の重さとしては『花岡青洲の妻』だの『紀ノ川』だのに較べると、落ちるかも知れないが、楽しい読み物としてはレベルの高い作品だと思う。