Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!
読んだ本の『50音別作家一覧』はこちらから>>

結婚教徒の人々。

先の日曜日は祖母の法事だった。

弟が急に死後で行けなくなったので、実家の母と一緒に行った。法事と言っても十七回忌なので本当なら気楽な法事なのだけど、祖母は普通の亡くなり方ではなかったため、実家母は朝から不機嫌最高潮。無理もないとは思うものの、面倒くさい事この上なかった。

お寺での法要の後は仕出し弁当の会食。ギクシャク感があるものの、表面的には和やかな食事会。

食事の後、同じ年頃の子どもが沢山いたので、娘は楽しそうに子どもたちの輪の中に入って遊んでいた。従兄弟の子ども達は互いの家をしょっちゅう行き来する関係で、娘からするとアウェイなのでどうかな…と思っていたのだけれど、全く問題なく遊べていて「意外とコミュ力高いのね」と驚かされた。

夫側の親戚に娘と同じ年頃の子どもはいないので、娘にとっては良い経験。

私と夫は親戚に近況報告など。正直、我が家は「おかげさまで家族揃って元気で仲良くやってます」という事以外、これといって話をする事はなく、欠席している弟の近況も聞かれたのだけど「弟が独身でいることについて」欠席裁判的な流れがあって、弟の事ながらうんざりした。

弟のことを心配してくれるのはありがたい事だけど、度が過ぎた心配は余計なお節介と言うものだ。

私自身、独身時代が長かったからそう思うのかも知れれないけれど「人間は結婚すべきだと」主張する結婚教徒の人々の主張は迷惑でしかない。

結婚教徒の言う「今はいいけれど年取ったら寂しいし……」と言う主張は分からなくもないけれど、結婚したところで離婚しないとも限らないし、子どもが生まれたからって、まともな親なら「子の世話にならないようにしたい」と思うものだし、そもそも子どもがいたところで一人暮らしをして結果的に孤独死する人は少なくない。

実際、結婚教徒の従兄弟達のうち2人は離婚経験者だ。

そして結婚して子を産み多くの孫に囲まれていた祖母の最後は最悪なものだった。結婚したって、子や孫が沢山いたからって、幸せだとは限らない。結婚教徒の人々に悪気がないのは分かっている。しかし「悪気がない=悪くない」ではない。

最近「セクハラ」とか「マタハラ」とか「パワハラ」とか「モラハラ」とか色々な「ハラスメント」があって「そんな事はしちゃいけません」と言う流れが出来つつあるけれど「結婚に関する事を他人にあれこれ言っちゃいけません」って流れは出来ないものかと思う。

極めて個人的でナイーブな問題なので、あっても良さそうなものだけど。

「法事ってそんなものよ」と言われてしまえばそれまでだけど、日曜日は、ただただ草臥れた1日だった。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
日記
スポンサーリンク
白い木蓮の花の下で
タイトルとURLをコピーしました