海堂尊と言うと『チーム・バチスタの栄光』のイメージが強くて「病院を舞台にしたミステリ小説を書く人」ってイメージが強い。
現在、海堂尊は執筆活動に専念しているそうだけど、もととも彼自身も医師ということで、その作品はリアリティがあって面白いのだけど、どちらかと言うとエンタメ要素の強い作品が多いのだけど『奏鳴曲 北里と鷗外』は今までの作品とはちょっと違う。
子どもの頃に読んだ『北里柴三郎』の伝記の中の北里柴三郎とは違った側面を感じることができたし、小説家としての森鴎外とは違った方向から森鴎外を知ることができた。
奏鳴曲 北里と鷗外
- 明治時代のニッポンにも、感染症との終わりなき闘いに挑んだ二人の医学者、北里柴三郎と、軍医・森鷗外のライバル物語を描く。
- ドイツ留学を経て、ペスト菌を発見し、「日本の細菌学の父」の異名を持つ北里に対し、鷗外は同時期にドイツで学び、帰国後、陸軍で最高位である軍医総監にまで上り詰めた。
- 北里と鴎外は互いへのライバル心を燃やしながら、「感染症から国民の命を守る」という同じ目標へと突き進んでいたのだが……
感想
北里柴三郎と森鴎外…と言うと脚気論争のことを思い浮かべる人が多いと思うし、私もその中の1人だ。一般的に「森鴎外は文学者としては優れていたけど医学者としては残念だった」ってところが知られている。
『奏鳴曲 北里と鷗外』もおおむね、そんな感じの事が書かれているのだけれど、それだけではなく北里柴三郎と森鴎外の交流や2人の汚い部分も描かれていて面白かった。
私は子どもの頃から伝記小説が大好きで読みまくっているのだけれど伝記小説は書き手の実力以上に「主人公がどんな生き方をしたか?」ってところがポイントになってくる。私が今まで読んだ伝記の中で3大面白かった偉人は『ヘレン・ケラー』『エジソン』『野口英世』の3人だ。そして『北里柴三郎』は私が読んだ伝記の中で圧倒的に面白くなかった。
だけど『奏鳴曲 北里と鷗外』は面白かった。『奏鳴曲 北里と鷗外』はあくまでも伝記ではなく海堂尊が想像した小説だ。そしてダブル主人公形式だったから…ってところあったけれど、北里柴三郎も森鴎外も偉人ではあったけれどズルかったり汚かったりするが良かったのだと思う。
北里柴三郎も森鴎外も職業人としては素晴らしいけれど家族人としてはなかなかの畜生だった。森鴎外については『舞姫』のモデルになったエリスのエピソードを知っている人が多いと思うけれど、最初の妻は気に入らなくて離婚しているし、その後愛人がいたけど愛人を捨てて新しい妻を迎えたりしてなかなか酷い。
北里柴三郎も似たりよったりでドイツでよろしくしていた女性は現地妻よろしくあっさり捨てているし、帰国して結婚後もなかなかの好色家だった。
そして2人とも医学に対して真摯であったか…と言うとそうでもなくて、保身に走ったり様々な思惑から卑怯なことをしたりしている。実に人間臭い。
『奏鳴曲 北里と鷗外』を実際に読んでみるまでは「森鴎外が北里柴三郎に負ける話なのかな?」と思っていたけど、そうとも言えない気がする。脚気論争については森鴎外の負けではあるけれど、勝ち負け云々の物語ではなかった。
北里柴三郎も森鴎外も素晴らしい部分もあれば、残念なところもありつつ2人とも物語の中で生き生きと動いていてイッキ読みしてしまった。勢いだけで読み進めてしまったので、落ち着いた気持ちでゆっくり読み直してみたいと思う。
今まで私が読んできた海堂尊の作品とは違う路線ったけれど、満足のできる素晴らしい作品だった。