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この世の喜びよ 井戸川射子 講談社

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『この世の喜びよ』は第168回芥川賞受賞作。

私は自称「読書好き」なのだけど第168回芥川賞はまったくチェックしていなかった。第168回は芥川賞が2作選ばれていて「へぇ。2作も同時に受賞させる…ってことは余程、凄いのが2つも出てきちゃったんだね」と思ったくらい。

最近になって『この世の喜びよ』はショッピングセンターが舞台で主人公はパート主婦らしいと聞いて「それなら読んでみようかな」と手にとってみた。

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この世の喜びよ

ザックリとこんな内容
  • 物語の舞台はショッピングセンター。喪服売り場で働く主人公は成人した娘を持つパート主婦。フードコートで知り合った少女やゲームコーナーで働く青年などとの関わりを描写しながら、主人公の気持ちを描いていく。
  • 表題作の他に『マイホーム』と『キャンプ』の2作収録。
  • 『マイホーム』は一家の主婦がハウスメーカーの建売住宅にひとり体験宿泊する物語。『キャンプ』は父子連れのキャンプに叔父と参加する少年が主人公。

感想

『この世の喜びよ』は文体が独特で「あなた」と言う二人称で物語が進められていく。ショッピングセンターの喪服売り場で働く主婦が主人公なのだけど「わたし」でも名前でもなく「あなた」と言う語りで進んでいく。

この二人称が効果的なのかどうかは私にはよく分からない。正直言うと、私は立場的に物語の主人公と似た人間(子どもがいて働く主婦)なので、ちょっとした疑似体験をするような感覚で受けていれしまったのだけど、年齢や性別や立場がまったく違う人が読者となって場合はどんな風に受け止められるのか、私には想像がつかないのだ。

物語の舞台がショッピングセンターなのは「現代的だなぁ」と思った。都会に住んでいる人だったり富裕層の事は知らないけれど、地方都市に住む人達にとってイオンモールなりセブンパークなりと言うショッピングモールは生活に欠かせない場所になっている。

そんなショッピングセンターで繰り広げられる庶民の悲喜こもごもの描写はリアルで「あるある。そう言うことってあるよね」と共感することができた。「どこにでもいそうな人達」にスポットを当てているのがとても良い。

だけど「じゃあ、面白かった?」と問われると地味過ぎて面白くなかった。なんかこぅ…庄野潤三の意識低い系バージョンって感じなのだ。日常生活とか家族間の心の描写を丁寧に拾い上げていくこと自体は凄いと思うのだけど普通過ぎてちっとも面白くないのだ。他の2作『マイホーム』と『キャンプ』も感想は同じ。

「どこにでもいそうな普通の人や普通の家族を丁寧に描く」というスタイルが作者のスタイルだと思う。そしてそれは「最近デビューした女性作家さんの誰にも似ていない」と言う意味では大変重要なことだ。「いつかどこかで読んだ雰囲気」の小説よりも「他の誰にも書けない小説」は価値があると思う。

…とは言うものの価値の高い低いと自分の好みは別の話。

『この世の喜びよ』が芥川賞を受賞した事にについては納得したものの「作者の次の作品を読んでみたいと」は思えないタイプの作風だった。よほど話題にならない限り、私は井戸川射子の次の作品は読まないと思う。

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白い木蓮の花の下で