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ひつじが丘 三浦綾子 講談社文庫

数ある三浦綾子の作品の中でも20代の頃に大好きだった作品。「三浦綾子さんの作品の感想をお願いします」とメールを戴いたので、久しぶりに再読してみた。

42歳の今になって読んでみると三浦綾子が精力的に書いていた時期の作品ってワンパターンな設定が多いなぁ……と思う。

主人公は美しい牧師の娘。見た目も美しく、心優しく、頭も良い完璧超人。うっかりすると読者から反感を買いそうな設定なのだけど、この頃の三浦綾子の作品は勢いがあって面白い。

力技でもってグイグイ読者を引き込んでいく。きっと「いくらでも書ける時期」だったのではないかなぁ……なんて事を思う。

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ひつじが丘

愛とはゆるすことだよ、相手を生かすことだよ……つらくよみがえる父母の言葉。良一への失望を胸に、奈緒実は愛することのむずかしさをかみしめる。

北国の春にリラ高女を巣立った娘たちの哀歓の日々に、さまざまの愛が芽生え、破局が訪れる。真実の生きかたを真正面から見すえて感動をよぶ「愛」の物語。

アマゾンより引用

感想

この作品は「罪とは何か」と言うところがテーマになっている。

一見すると完璧超人のように見えるヒロインはキリスト教の神様視点から見ると完璧ではないという解釈がなされている。

そしてヒロインに暴力をふるったり、ヒロインの友達と浮気をするような夫がキリスト教的観点からすると「素晴らしい信仰を持っていた」と言うオチがつく。

読んだ当時は全く納得がいかなかったし、それと同時に「キリスト教の考え方って私には無理かも」と思ったりしたものだ。それでも好きで何度も読んでいたのは、私自身色々と考えさせられるところがあったからだと思う。

この作品の中には「善人そうに見えるけれど実はそうじゃない人」が沢山出てくる。

ヒロインもそうだし、ヒロインの父の牧師も、ヒロインの恩師もそうだ。素晴らしい牧師として皆から尊敬されるヒロインの父は妻の妊娠中に浮気しているし、ヒロインの恩師もズルい男として描かれている。

完璧に良い人が誰もおらず人間の汚い部分が素晴らしく描けている作品だと思う。

改めて読んでも面白かったのだけど、ラストの解釈についてはやはり疑問が残る。

ヒロインの夫、良一は「素晴らしい信仰告白をした」と言うことになっていて、彼は死ぬことによって人々の心に大きな何かを残すのだけど、どう贔屓目に見ても良一は駄目人間だとしか思えない。

もし彼が生き続けていたとしたら、きっと同じことを繰り返していたと思う。

酒で失敗して、暴力を振るい、浮気もして……と言う風に。「キリスト教によって駄目人間が救われて、良い人間になりました」って展開は安易過ぎる気がしてならない。

ラストは一応、気持良く締めくくっている風なのだけど、登場人物達がそれぞれひとりよがりに納得してしまっているような印象を受ける。

「この人達って、これでいいの?」と思ってしまうモヤモヤ感ったらない。

そこがこの作品の良いところだと思う。

三浦綾子の作品はキリスト教を良い人に描き過ぎている物が多いのだけど、そう言う意味では特異な作品だと思う。

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白い木蓮の花の下で
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