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高齢者への贈り物。

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先日、手術をしたと言う高齢の友人にちょっとしたプレゼントを贈った。

友人…と言っても親子ほど年上の女性で、ホセ・カレーラスのファンクラブ繋がりで知り合った。インターネットの無い時代だったので、当初は「文通」をしていた。

私がまだ20歳の頃の話なので、かれこれ30年来の付き合いになる。

一緒にコンサートに行ったり、食事に行ったりした時期もあったけれど、私が結婚してからはすっかり疎遠になってしまっていて、現在は年賀状と時候の挨拶を交わす程度の間柄。

…とは言うのもの、ずっと元気だった友人が体調を崩したと聞いたので「お見舞い…ってほど大げさな物じゃなくて、ちょっと喜んでもらえる物を」と思い、珈琲に浮かべるマシュマロをとチョコレートのセットを贈った。

友人は高齢者ではあるけれど、新しい物好きの人でブログなんかみ書いちゃうタイプ。きっと「映え」なんなかも好きだろうから、可愛らしい珈琲用のマシュマロは喜んでもらえるだろうと確信していた。

先日、彼女から冬らしいポストカードが届いた。「先日はありがとうございました」との事で、贈り物は喜んでくれたようなのだけど…なんと、珈琲に浮かべるマシュマロは珈琲に浮かべることなく普通に食べておられたとのこと。
マシュマロにはお菓子の栞的な説明書のような物は入っていたと思うのだけど、読まずに食べてしまわれたのだと思う。

たぶん…私の気持ちは伝わったと思うのだけど「無難なものを選べば良かったな」と反省した。

私と友人が最後に会ったと時、友人はまだ50代だった。私の中の彼女は「素敵なマダム」のままなのだけど、よくよく考えてみれば彼女はもう実母や義母と似たりよったりの高齢者なのだ。何もかも自分と同じように出来ると思ってしまった事が間違いだった。

高齢者へ贈り物をする時は「定番物」が無難なんだな…と改めて思った。

例えば…だけど義母は流行りのバターバトラーのフィナンシェよりも、アンリシャンパルティエのフィナンシェの方が好きだし、温泉地に行けば「炭酸せんべいを買ってきてね」とリクエストされる。

自分の感覚で「良かれ」と思ってしたことが、必ずしも相手にとっての最良であるとは限らないのだ。義母にしても実母にしても私とは違う物を見ているのだなぁ…と思うことが多々ある。

自分よりも年配の人に何か贈る時はもっと気をつけなきゃなぁ…と改めて感じた出来事だった。今回は失敗してしまったけれど次の機会に活かしたい。

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日記
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